ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.490

はしご酒(4軒目) その百と百と三十一

「インギンブレイ シンドローム

 「慇懃無礼(インギンブレイ)」という言葉をご存知か、とAくん。

 その慇懃無礼が、ジワリジワリと広がりを見せる「インギンブレイ シンドローム」に、一抹の不安を抱いている、と宣う。

 私が知る限り、慇懃(インギン)、それ自体に、悪い意味など微塵もない。にもかかわらず、それなのに、なぜにゆえに、その慇懃のそのあとに、無礼がベチャリとへばり付いてくるのか。そのナゾが、まさに、ナゾがナゾ呼ぶナゾナゾワールドなのである。

 そもそも、心を込めて丁寧に、相手に伝えようとするその気持ちが、その姿勢が、慇懃の慇懃たる所以(ユエン)であるはず、なのだけれど、その慇懃を、あのホシンヒューマクンやらブナンミンやらが、世渡り術の、単なるコミュニケーションツールとして使い始めたあたりから、一天にわかに掻き曇り、というのが、Aくんの見解であるようだ。

 「単なるツールとして使っているに過ぎないのなら、当然ソコには、心も愛も、無かろうな~」、とAくん。

 本来、心と愛の塊(カタマリ)のような「慇懃」が、心と愛の有りよう次第で、アッというまに「無礼」にまで身を持ち崩してしまうのだから、なんとも恐ろしい話である。

 たとえば、国会での議員たちの答弁。

 必要以上の(場合によっては、クソが付くほどの)丁寧さで、巧みに言葉を選び、操る、その見事なまでの答弁の、その背後で、度々、チラリチラリと姿を見せる「無礼」。これもまた、ジワリジワリと迫り来る、インギンブレイ シンドローム、の、そのブームの兆しを臭わす好例であるように、私には思えてならない。(つづく)