はしご酒(Aくんのアトリエ) その六百と四十
「シュウダンジケツ ト ロウガイ ト ヒトリノ ロウジンハ ヒトツノ トショカン」
「そもそもは、アマドゥ・ハンパテ・バーとかいう、たしかマリ共和国だったか、その国の民族学者の言葉だったようなんだよな」
ん?、アマドゥ?、ハンパテ?
「一人の老人の死は、一つの図書館を失うに等しい」
あ、あ~。
「ソレなら、私も、聞いたことがあります。人生の先輩たち一人ひとりが、知識と経験のカタマリだという意味ですよね」
「そう。ただ、元々は、生活の中に『文字』が伝達ツールとして浸透していない現状を憂いての言葉だったらしいのだが」
知識を伝えるためのツールが、文字ではなく『言葉』であった、ということか。
「今では、老人たちが蓄積してきた知識と経験をナメんなよ、みたいな、そんな意味として使われているし、定着もしている。先ほどのフレーズは、たしか、あの国連の事務総長であったアナンが、そういう意味を、思いを、込めて、なにかの世界会議で紹介したモノだったと」
老人たちの知識と経験をナメんなよ、か~。
「記憶しているのだけれど、そのまたもう一方で、ヤヤもすると老人たちは『老害』などと言われたりもする。老兵は死なず、ただ消えゆくのみ。とっとと去れ、消えやがれ、てなもんだ」
老兵は、去れ、消えやがれ、か~。
「『一つの図書館』とは、エラい違いですね」
「ソレどころか、ま、インパクト狙いか、単なる言葉足らずか、の、ドチラかとは思うけれど、『集団自決』のような短絡的で極めて物騒な言葉までもが飛び出してきたりする始末」
あ、あ~。
あの、高齢者は老害化する前に、ってヤツのことだな。
「社会の中で、組織の中で、問題なのは老害化であって、老人ではない。ソコのところをゴチャゴチャにしてしまったものだから、人生の晩年、その時が来ればシュッと消え去るような、合法的自動老人消滅システムみたいなモノがあれば、みたいな乱暴な話に、どうしてもなりがち」
間違いない、彼の、あの、言葉だ。
「な、わけだ。しかし、そういう言い方をしてしまうのは、やっぱり、インパクト狙いでも単なる言葉足らずでもなく、彼の頭の中に、老人自体が、老人が生き永らえるコト自体が、老害、だという意識があるってコトなのかもな」
ん~。
たしかに、悲しくなってくるほど短絡的だ。
集団自決と、老害と、一人の老人は一つの図書館とが、入り乱れるこの社会で、若者たちも、いずれ、時が来れば老人となる。その時、「集団自決」を選ぶのか、「老害」道を突き進むのか。それとも、「一つの図書館」でありたいと、人生を通して己自身を磨き膨らませていくのか。
さ、どうする。
(つづく)