ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.885

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十六

「アンシンノ ミライ アッテコソ」

 「悲しいかな、みんな、年を取る」

 ん?

 「『年寄り』という種族も『若者』という種族も、この世には存在しない」

 んん?

 「だから、時折耳にする、両者が敵対するような、両者を敵対させるような、そうした発想、言動、そのものが、『愚か』だということだ」

 ん~。

 おそらく、Aくんは、年寄りも若者も、どちらも同じ自分なのだ、ということを言いたいのだろう。人生の中のどの位置にいるのか。元気ハツラツな頃の自分が「若者」であり、いよいよ枯れ始めたな、という頃の自分が「年寄り」ということになるのだろう。そんな、年齢も立場も異なる自分同士を対立させることにナンの意味があるのか。Aくんのみならず私も、ソコに、姑息な政治的戦略以外のナニモノも見出だすことはできない。

 「つまり、未来とは、年を取った自分がいる世界なのだ、ということを忘れてはいけない。タイムマシンではないのだから、若者が若者のまま未来の中にいることなど、残念ながらあり得ない、というわけだ」

 誰しもが年を取る未来、か~。

 「にもかかわらず、権力者たちは、見事なまでに未来を軽んじて、その場しのぎの愚策を長きに渡って行ってきたコトを棚に上げて、いとも簡単に、若者たちの未来である『年寄り』たちをバッシング対象にすることによって、詰まるところ、結局、若者たちに、未来への不安感を抱かせてしまう。たとえば、あの、経済ひとつとっても、誰もが年を取る『未来』が『安心』感に満ちてこその経済だというのにだ」

 年寄り、若者、同じ自分、未来、不安感、経済・・・。

 またまた少し、ヤヤこしくなってきた。

 「簡単に言えば、そうでなければ、積極的にお金を使おうなんて思わんだろ、普通。ということだ」

 「未来に、未来に対して不安を抱く若者たちは、どうしても『守り』に入る、ということですか」

 「守りに入るだけならまだしも、投げやりになる、どうでもよくなる、場合によっては、抑えきれない苛立ちや無節操な怒りばかりが増殖して、無実の弱者を誹謗する、傷つける。この『傷つける』が、ホントに厄介なコトに繋がっていくことになるわけだ」

 厄介なコトに繋がっていく、か~。

 守りに入る程度では済まなくなる、ということか。

 「つまり、未来を、真剣に、冷静に、深く、考えなくなるということだ」

 むしろ、よりシッカリと考えなければならないぐらい未来は、不安定に、無秩序に、オキテ破りになりつつあるように思えるのに、もし、若者たちが、自分たちの大事な未来を、「もう、どうでもいいや」などと思い始めているとしたら、たしかに、経済も含めて、この国の未来は、本格的に取り返しがつかないモノになってしまうかもしれないな。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.884

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十五

「シュウチュウ ト ジュクセイ ト フハイ ト」

 この国に限ったことじゃないとは思うが、権力をこよなく愛す権力愛好者たちってのは、なぜ、権力を握れば握るほど、あの手この手を駆使して、上手い具合に一般ピーポーたちをはぐらかしつつ騙しつつ、その権力を更に一層パワーアップさせようとするのだろう、と、疑問を呈するAくん。権力などというものは、集中すればするほどダークに澱んでいく、と、相場は決まっているのに、それでも集中させたいんだな~、と、呆れ果てるように、そう吐き捨てる。

 「でも、おそらく最初は、純粋に、国民のために、国をより良くしたい、という思いであったのではないですか」、と、またまた酔った勢いで、よせばいいのに権力者側の肩をもつようにプチ反旗を翻してしまった、私。もちろん翻した尻から後悔する。

 「で、その思いをより達成せんがために権力を集中させるのだ、と、君は言いたいわけだ」

 「いや、別に私はそんなこと、言いたくないです。ただ、そうじゃないかな~、って」

 「最初は、熟成を目指していたにもかかわらず、結果として『腐敗』を招いてしまった、ということかい」

 熟成ではなく腐敗を、か~。

 「そうとも言えるかもしれません。権力を集中させて一気に『熟成』を目指そうとしたら、図らずも『腐敗』を生んでしまった」

 「それほど熟成と腐敗は、見間違えてしまうぐらい似ている、ということなんだろうな。だけれども、もちろん、似てはいるが、人類にとっては『真逆』と言っていいほど、全くもって違うわけだ」

 たしかに、トンでもないほど真逆だ。

 「だから、その見間違いを防ぐためにも、いち早くその見間違いに気付くためにも、権力は、ナニがナンでも絶対に、集中させてはいけない、と、僕は思っている」

 イロイロな目がある。

 イロイロな力がある。

 そんな目と力が、自分から少し離れたトコロにクールにあってくれるから、気付き難(ニク)いモノもギリギリ気付けたりするのだろう、と、私も思う。

 ところが、いかんせん、権力独り占め愛好者たちは、そうしたシモジモの言葉に耳を傾けようとしない、という悪魔の特性をもっているがゆえに、悲しいかな、立ち止まることも振り返ることも、そして、自らを律することも、そう簡単には、できやしないのである。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.883

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十四

「ドクリツセイヲ タカメテオカナイト!」

 バカな権力者が、その権力を振り翳(カザ)し振り回し、そこかしこにオキテ破りのプレッシャーを掛けまくったり、あるいは、その場しのぎの旨い話をもち掛けまくったりすることによって、結局、そこかしこが、再起不能になるほどに、グチャグチャに、ズタズタに、ボロボロに、なってしまうことがあるんだということを、絶対に肝に銘じておかなければならないし、忘れちゃならないはずなのに、メディアも含めてバカみたいにスルッと忘れちゃうんだよな~、と、「もう、マジでどうしようもねえな」感を丸出しにして、Aくん、句点などナニするものぞと間髪入れず、一気に語りまくってみせる。よほど呆れ果てるコトでもあったのだろう、その表情には、憤りと絶望とがゴチャッと充満している。

 「ナニかトンでもないコトでもあったのですか」

 「というか、さすがにソレはダメだろ、というような政策も、数の力と美味しそうなオマケ付きとで押し切ってきたわけだろ。そのツケが、いよいよ、ということだ」

 数の力と、美味しそうなオマケ付き、か~。

 「その、美味しそうなオマケって」

 「たとえば、選挙前の、弱者をバカにしたようなバラ撒きやら、一部の者だけがその恩恵に有り付くのであろう、トリッキーなオキテ破りの株価操作やら、仮想敵国をつくり、不安を煽(アオ)るだけ煽って大事なモノを、ある人たちとって実に都合のいいように変えてしまおうと画策するやら、あげ出したらキリがない」

 な、なんと。

 私までも、身体中に、憤りと絶望とがジュクジュクと滲(ニジ)み溢れていくような気がしてくる。

 「で、いよいよ、そのツケが回ってくる、ということですか」

 「そう。だから、だからこそ、そこかしこは、いつだって、バカな権力者から距離を置いておかないとダメなんだ」

 考えてみると、とくにここ数年、たしかに、そこかしこが、振り回され掻き乱され、魂を抜かれつつあるような気はする。

 「日銀も、最高裁判所も、大学も、病院も、大企業も、お笑いも、そして、メディアもナニもカも、ナニがナンでも独立性を高めておかないと、必ずや、いずれ、その報いを受け、取り返しがつかないほどのトンでもないツケが、回ってくるということだ」

(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.882

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十三

「クダッテクルヤツ ヨリ ノボッテクルヤツ」

 「天下り!」

 ん?

 「いまだに、臆面もなく、いけしゃあしゃあとやっていたりする」

 んん?

 「しかし、言い訳がましく宣ったりしてくれるわけよ、天下りではない、とね」

 んんん?

 「その、高い能力ゆえに、そこかしこから期待され、求められ、その結果として天下りのように見えているに過ぎない、ということらしい」

 んんんん?

 「本気で言っているのかよ、って話だよな」

 「で、でも、その天下り、もう、法的に、ダメになったのではないのですか」

 するとAくん、ノンノンノンノンノンと人差し指を目の前で小さく左右に振りながら、「先ほど、君も言っていたように、当人たちがつくった法律は、ご多分に洩れずザルみたいなもので、ちゃんと抜け道が用意されている」、と。

 抜け道、か~。

 そして、さらに、「定義の問題、とか、解釈の違い、とか、このケースは当てはまりません、とか、と、言い逃れ三昧。強者がつくりたもうた強者を規制する法なんてものは、たいていそういうものだろ、違うかい」、と、ジワジワとその語気も強める。

 「そもそも、天下りというネーミング自体、イヤな感じがします」

 「なんといっても『天(アマ)』だからな~。美味しそうな手土産と共に『天(テン)』から舞い降りてくる」

 「その美味しそうな手土産、かなりプンプンと臭ってきますよね」

 「臭う臭う、合法的な腐敗の臭いがね。コレもまた、君が言うところの体(テイ)のいい合法的賄賂、というヤツなのかもしれないな」

 ん~・・・。

 私は、私は思うのである。

 天から下(クダ)ってくるヤツより上(ノボ)ってくるヤツ、と。

 もちろん、その、上ってき方にもよるのだろうけれど、そんな天みたいなトコロから、手土産片手に下ってくるヤツにはないエナジーが、血と汗と涙の現場から上ってくるヤツにはある、はず。この真っ当な上昇ベクトルエナジーこそが、疲弊する現代社会に一石も二石も投じ、未来を切り拓いていくに違いない。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.881

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十二

「テイノイイ ゴウホウテキワイロ」

 権力を握り、政治を司る、そんなシモジモじゃないピーポーたちが、ショボい料理とピンぼけな演説付きのパーティーを催して、たった一日で数千万円などという結構な額の会費を集めまくれたりする。しかしながら、おそらく、その料理に興味があったわけでも、その演説に真っ当な「学び」を期待したわけでもないだろう。にもかかわらず、それだけのお金が集まる、集まってしまう。いったい、なぜ、そんなトコロに、そんな多額のお金が集まるのだと思う?、とAくん。もう、その顔中に、「冗談も休み休みにしろよ」感が溢れている。

 常識的に考えて、残念ながら、世の中にとって、というよりは、自分たちにとって有利に動いてくれるであろうことを大いに期待しつつ、パーティー券を購入するのだろう。そうでなければ、そんな料理と演説のために大枚を叩(ハタ)くとは、到底思えない。

 「集まる集まらないのその前に、そもそもソレって、当事者たちによって当事者たちにとって都合のいいように考えに考え抜かれた法律ですから、もちろん、違法にはならないのでしょうけれど、ドコからドウ見ても、体(テイ)のいい合法的賄賂(ワイロ)ですよね」

 「体のいい合法的賄賂とは、上手いこと言うね~」

 「政治にはお金が必要なんだ、と、よく耳にしますが、それゆえ、とにかく、ナニがナンでもお金を集めたい、ということなのでしょうね。でも、結局、集められる者と集められない者との差が開くだけで、それならいっそのこと、お金なんか集めさせないほうが公平なのでは、と、どうしても思ってしまうのですが」

 「お金を集められることが政治家の力量だ、とでも思っているなだろうな、きっと」

 本気でそんなことを思っているのだろうか。

 たしかに、その土俵が、純粋に商売の世界であるのなら、そうした嗅覚は大いに評価されるとは思う。けれど、政治の世界のコトとなると話は別だ。政治に関わる、群がる、そんなピーポーたちが、その嗅覚を発揮するときは、たいていロクなことにはならない。なぜなら、総じて政治の世界では、お金は、お金の臭いがプンプンとする、権力やら利権やらが絡みに絡まったトコロにしか集まらないからである。言い換えるなら、つまり、つまりだ、地道に真面目にコツコツと清廉潔白に取り組んでいるトコロからは、そういった、お金を引き寄せるようなその手の怪しげな臭いは、ほとんど漂ってこない。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.880

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十一

「フワットシタ?」

 「いい感じ」を表した言葉かなと思わせつつ、実は、みたいな、そんな詐欺っぽい言葉ってのがあったりするわけよ、とAくん。

 詐欺っぽい言葉?

 「とくに今、コレって誉め言葉じゃないよね、と、思っているのが」

 ん?

 「フワッとした、民意」

 んん?

 「必要以上にピリピリ、カリカリ、して、脳ミソがキリキリしてしまうぐらいなら、心穏やかにフワッと、のほうがウンといい。と、最初のうちは思っていたのだけれど」

 んんん?

 「こと、政治やら経済やらといった、ちょいと油断するだけで、トンでもない方向にズルズルと流されていきかねない分野に限っては、むしろ、ピリピリ、カリカリ、キリキリぐらいのほうが、まだマシ、ということだ」

 フワッとした民意、か~。

 あらためて振り返ってみると、世界恐慌も、ナチスの台頭も、第二次世界大戦も、あのバブルの崩壊も、この核の、核兵器の拡散も、「大丈夫、大丈夫」というフワッとした民意のその先で待ち構えていたトンでもない悲劇のように、たしかに思えなくもない。

 すると、なぜか突然、私の頭の中に、綿菓子とかき氷とが現れる。どちらも、「おいでおいで、こっちへおいで」と手招きをしているのだ。

 綿菓子にナンの恨みもないけれど、ナニかと問題だらけのクソ暑い灼熱の炎天下のような今日この頃、この国、この星、だけに、「ココはやっぱり、身も心も頭もシャキッと目覚めさせる意味でも、ピリピリカリカリキリキリだろ」と、かき氷のほうを選ぶことになりそうだ。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.879

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と十

「タヨウセイガ リントシテ ソコニアルタメニ」②

 「何度も言ってきたことだけれど、やっぱり、『差別』が、『差別する心』が、ソコにある限り、笛吹けども踊らず、結局、根本の部分は、ナニも変わらないような気がする」

 笛吹けども踊らず、か~。

 「そして、この星において脈々と続いてきた、謂(イワ)れも根拠もナニもない『上下感』。差別が生み落としたコイツのために、とかくこの世は、多様性にとって、ホントに生き辛い、としか思えない」

 そう、私も思う。

 多様性とは、アイデンティティー。アイデンティティーが尊重されてこその多様性であるはずだ。つまり、私が私であることに、私のままでいることができることに、意味がある。

 人種、国籍、出生、性別、職種、障がい、疾病、・・・、ソレらの下に私がいるのではなく、ソレらは全て、私の下にブラ下がっているモノたちに過ぎない。もちろん、それらもまた、私が私であるための大事な一つひとつではある。しかし、私は、ナニものにもブラ下がってはいない、あくまでも私という個性をもった、独立した私自身なのである。そして、そんな私が、凛として生きていくことができる社会こそが、私たちが目指すべき社会であり世界なのだ。と、思いたい。そう信じたい。

 「差別する心やら謂れのない上下感やらといったモノがソコに存在しなければ、あらためて声(コワ)高に『多様性、多様性』などと訴える必要もないわけだからな」

 おっしゃる通りだ。

 これほど「多様性、多様性」と、あえて宣わなければならないのは、つまり、現実は、想像以上に、差別に、差別する心に、そして、ソコからの上下感に、塗(マミ)れに塗れまくって、もう、どうしようもないというところまできている、ということなのだろう。

 しかしながら、だからといって、全てを諦めてしまっていい、というわけではない。そんなことであってはならない。

 さすがに、自分の力量の範囲を超えたことは、そう簡単にできそうにはないけれど、自分にできる範囲内の小さな声なら上げることができる。一人ひとりが、そうした小さな声を上げるだけで、ひょっとしたら、明るい未来に、多様性が共生できる未来に、繋がる、真っ当な心の連鎖の輪が、あたかも水面に起こる波紋のように、ユルリユルリと広がっていくかもしれない。(つづく)