はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と九十八
「ヨウカイ ヘイトガエシ」
「トドの詰まりは、結局、厄介なのは『情(ジョウ)』だということだな」
「かもしれません」
かのパスカルは、人間という存在を「考える葦(アシ)」と宣ったようだが、私は、むしろ、「情に振り回される葦」だと思っている。か弱き草は、いつだって情によって心を乱されるのだ。
「もちろん、その『情』によって救われることもあろうかとは思う。思いはするが、残念ながらどうしても、情のために、正しきコトが責められたり、悪しきコトが賞賛されたりしてしまうんだよな」
情。
情、か~。
「しかし、とはいうものの、情は『情(ナサ)け』。このセチ辛い世の中から、情けを全て排除してしまうことの怖さみたいなものも、私の中にはあるのですが」、と、遠慮しつつもAくんの、その懐(フトコロ)めがけて緩めのストレートを投げ込んでみる、私。
するとAくん、私が投げ込んだその球を、実にコンパクトに打ち返すがごとく、こう返してくる。
「仮に、君が言うように、『情』が『情け』であったとしても、まずは情を排して、クールに、論理的に、モノゴトを見つめる。そして、考える。そのことが絶対に大切なわけ。でもね、だからといってコレは、けっして冷淡なのでも、血も涙もないのでも、ない。ココを勘違いしてしまうと、なおさら情が絡んで、さらにさらにヤヤこしくなって、一層、厄介なことになる」
冷淡でも血も涙もないでも、ない、か~。
ふ~。
あまりにも見事に打ち返されたものだから、ちょっとした戦意喪失感。に、見事なまでに苛(サイナ)まれる。
「ヘイト!」
えっ!?
「そんな厄介な情が、最悪級に歪み切ったモノ、ソレが、ヘイト。ヘイト的口撃。ヘイトクライム。その主張の中身が正しいとか正しくないとかのその前に、その体質みたいなものの有り様(ヨウ)が、全くもって好ましくない。そして、好ましくないついでに言わせてもらうと、そういったヘイト的口撃は、気に入らないターゲットを一方的に殴り倒す、だけでなく、場合によってはヘイト的口撃の連鎖を生み、実りなき殴り合いをも誘発する」
実りなき、ヘイトの殴り合い、か~。
「歪み切った情に、まみれにまみれた妖怪『ヘイトガエシ』は、屈折した正義感と偏見と怒りをエサにして、ダークなパワーを身に付けつつ、息を殺しながらジ~ッと、我々人間の背後で、その殴り合いのチャンスを窺(ウカガ)っている、というわけだ」
ふ~。
つまり、妖怪ヘイトガエシを引き寄せるも寄せないも、結局のところ、我々人間次第だということか。(つづく)