ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.167

はしご酒(2軒目) その六十九

インパクト イゾン」②

 そうした、「とりあえずドカンと一発噛ましておいて」ってヤツに、どうしても頼ってしまう、そんな心の有りようを、私は、「インパクト依存」と呼んでいる。セキュリティを掻い潜ってギリギリのところでしぶとく過激化するネット上の映像や言動などは、その、象徴的な一つの例と言えるかもしれない。 

 そう、インパクト依存。

 中身なんてどうでもいい。立ち上がりの、出足の、そのインパクトに全てを懸ける。

 時の流れが、そのスピードが、ハンパない速さのこの時代、目先のインパクトに心惹かれるというのもわからなくはない。わからなくはないが、なにせ薄っぺらいのだ。たとえば、あの、断定的で口撃的な、論点ずらしで人気を博しているコメンテーターたちも、申し訳ないが、やはり、その手のインパクト依存系のコメンテーターと言わざるを得ない。

 そもそも、インパクトというモノを履き違えている。

 本来、インパクトは、けっして薄っぺらいモノではないのだ。ガッチリしたモノに裏打ちされた本物のインパクトであるなら、依存しようがドップリと浸かってしまおうが、一向に構わない。

 そう、本物のインパクト、依存。

 どうせなら、コッチを目指してほしい。

 ソコで、一つ、提案させていただこう。

 こんな時代だからこそ、こんな今だからこそ、時の流れさえも超越し、尋常ではない研鑽やら修練やらを積む中で、脈々と受け継いでこられた、究極の伝統的なワザ、モノ、コト、に、触れることをお勧めしたい。

 きっとナニかを感じられる。

 きっとナニかが見えてくる。

(つづく)