ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.1076

はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と七

「カガク デハナク クウキ デ キマッタ」

 「科学ではなく空気で決まった」

 ん?

 「ある大学の、疫学系の先生の言葉だ。結局、空気なんだよな~、わかるかい、その感じ」

 んん?

 「だから、論理的な、科学的な、具体的な説明が、ほとんどなされない」

 んんん?

 「極めて重要な、方針の、政策の、転換期であるにもかかわらずだ」

 あっ、あ~、あのコトか、あのコトだな。

 「専門家っぽい人が、『他国では、ほぼそのようになっているので』と、自慢げに宣ったりする」

 間違いない、あのコトだ。

 「都合のいいコトは、『他国では、そうなっている、そうなってきている』と受け入れ、都合の悪いコトは、『他国は他国、この国にはこの国の独自の文化、価値観、考え方がある』と拒絶する。ホント、よく言うよ、って、感じだよな~」

 「ソレって、今宵、何度も登場する『御用学者』と、権力者たちとの関係性とよく似ていますよね」

 「似てる似てる。御用学者たちは、古今東西いつだって、権力者の顔色を窺(ウカガ)いながら『科学ではなく空気で』的な発言を、しまくり倒してきたわけだからな」

 「空気で」的な発言を、しまくり倒してきた、か~。

 ナニかに怯(オビ)えているがゆえの、いわゆる、忖度(ソンタク)、ってヤツのことを、Aくんは言っているのだろう。そして、そうすることで、御用学者たちは、この国で、学者であり続けてこれたのかもしれない。

 「権力者たちに気に入られないと、研究費とかもカットされてしまいそうですよね」

 「されるされる。学術会議への政治介入なんかが、まさに、その、いい例だ。全然、いい例じゃ、ないけど」

 国民から巻き上げた血税を、己のカネ(金)とでも思っているのだろう。だから、気に入らないトコロへはカネを出さない。もちろん、ソレは、トンでもない勘違いで、あの人たちごときの好き嫌いとか、良い悪いとか、と、いった、そんな基準によるジャッジに、正当性があるはずがないのである。

 「けっして科学は万能ではないし、悪魔の手先になることも度々あったりするのだけれど、でも、たとえば、一般ピーポーへの説明のためのツールとしては、科学は、とても有効なモノの一つだと、僕は、思っている」

(つづく)