はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と百と四十八
「ブタ ノ カクニ デハナク カクギ?」
手間を惜しんで、邪魔臭がって、しなければならない説明すら渋る。の、その真逆の、手間をかけにかけたメチャクチャ旨いヤツを、スッカリ忘れていた。と、「権力者と説明」噺から、一気に、思いっ切り「食」系の新たなる話題に舵を切ってみせた、Aくん。
「ちょっと食べてみる?」
あまりにも唐突で強引な舵の切り具合に戸惑いつつも、ナンとなく気にはなる。
「エラそうに宣ってはいるけれど、もちろん、いただきモノなんだけどね」
いただきモノの、その、手間をかけにかけた美味いヤツ、とは、いったい。
「百聞は一見に、いや、一食にしかず。このタナ種にも合うかもしれない」
そう呟きながらAくん、私の返答など待とうともせず、またまた奥へと引っ込んでしまう。
しかし、アトリエに、コレだけイロイロなアテやら酒やらを常備しているAくんの健康状態もまた、その美味いヤツ同様、というかソレ以上に気になってくる。
肝臓は、すい臓は、マジで大丈夫なのだろうか。
しばらくすると、奥から、ナンとも言えない醤油のイイ香り。
うわ~、コレ、絶対に美味しいヤツだ。Aくんには申し訳ないけれど、一瞬にして、彼の健康状態のことなどドコかへ吹き飛んでしまう。
ついでに、でもやっぱり黒ワインではなく辛口の日本酒だろうな~。などと、心の中で、人知れず、とりあえずプチ反旗も翻しておく。
「ご近所の奥さんの料理の腕前が、もうホントにセミプロ級でさ~」
嬉しそうにそう呟きながら奥から舞い戻ってきたAくん。ポンとテーブルの上に置かれた少し深みのある中皿からは、気持ち良さそうに白い湯気が立ち上(ノボ)っている。
うわわ~。
「豚の角煮、ですよね。美味しそうだ」
「だろ。手間を惜しまずつくりました~感、溢れまくった珠玉の逸品。そのアルザスの逸品、ベラベッカに、勝るとも劣らない近所の奥さん自慢のスペシャリテなわけ」
自慢のスペシャリテ、か~。
「醤油と味醂(ミリン)と砂糖とのゴールデントライアングルな味付け以上に、慌てず、焦らず、が、ナニよりも重要らしくて、トにもカクにもジックリと湯がいてアクを取りる。そして、冷蔵庫で一晩寝かしてラードを固めて取り除く。全てはソコから、というわけだ」
角煮だけに「とにもカクニも」なんだ、などと、コッソリと、あまり関係のないトコロに感心したりする。
「ニガ味、エグ味、の元になる灰汁(アク)を、動脈硬化の元になる飽和脂肪酸がタップリと含まれるラードを、取る、取りまくる。そうでなきゃ、この旨さを引き出すことなんてできっこない、ってコトなんだよな~。いや~、その、より良いモノを追求しようする気持ち、ホント、畏れ入るよ」
あまりにも美味しそうなので、辛抱堪らず、ガブッと。
うっわ~。
柔らかい。
ジュ~シ~。
しかも、甘辛さが絶妙で、上品。
「旨いだろ」
「メチャクチャ、美味しいです」
「圧倒的な権力を握るあの人たちも、この豚の角煮のように、手間を惜しまず丁寧に、説明を尽くしてくれればいいんだけれど」
「難しいでしょうね」
「だろうな。だから、権力者ってヤツも政治も、善悪のアク(悪)とラードで血管も欠陥まみれのドロドロなんだろう」
ん?
アク、悪?
血管も、欠陥まみれ?
な、なるほど~、上手い!。Aくんに座布団三枚。
するとAくん、ナニやら大発見でもしたかのように2割ほどボリュームを上げて、「あっ、あ~、そっ、そうか~。それで、手間のかかる『カクニ(角煮)』ではなくて、手間のかからない『カクギ(閣議)』でナンでもカンでも決定、な、わけか」、と。
角煮ではなく、閣議?
ナンとなくソンな気もしなくはないが、でもやっぱりさすがにソレは、些(イササ)か違うような気がする。
(つづく)