はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と八
「メザセ マットウニ ウルサイ イッパンピーポー」
しかし、ナゼ、論理的な、科学的な、具体的な説明をしなくて済むのだろう。
「方針や政策の変更を行う際に、ナゼ、あの人たちは、丁寧な説明をしなくても、大丈夫、乗り切れる、と、思うのでしょうか」
「大丈夫、乗り切れる、と、思うか、ね~・・・」
ヤバい。
この感じ、またまた再び、Aくん、沈黙の扉を開けてしまいそうだ。
「そうだ」
えっ。
「ハトムギ」
ハ、ハトムギ?
「ハトムギのラスクがあった」
ハトムギの、ラスク?
「とにかく旨いんだよ、そのラスクが。食べる?」
そう呟くと、私の返事を待つ素振りなど微塵も見せることなく、ササッとテーブルの上を片付けて、またまた奥へと姿を消してしまう。
ハトムギ、か~。
私イチオシの玄米、に、肉薄するらしいスーパーフード、ハトムギのことだな、きっと。そんなハトムギの、ラスク、か~。興味がブクブクと湧き上がってくる。いったい、どんなラスクなのだろう。
などと、アレコレ、勝手に考えたりしていると、Aくん、満面の笑みを浮かべながら舞い戻ってくる。
「呑み残しだけど」と言いつつ、ドン、と、テーブルの上にキレイな色のワインの瓶を置く。
ロゼ?
に、しては、ちょっと色味が違うな。
呑み残しらしいから、いつのまにやら薹(トウ)が立って、瓶内熟成が進んでしまったか。
などと、またまた、勝手に、アレコレ考えたりしていると、Aくん、「オレンジワイン」、と。
オ、オレンジワイン?
「つ、ついに、ミカンでワインですか」
「違う違う。白ブドウの皮と一緒に発酵させたオレンジ色の白ワイン」
「白ワインなのですか」
「いや、オレンジワイン」
ヤヤこしい。
「で、コレだ。コレが、そのハトムギの、ラスク」
透明の小さなビニール袋の中に数枚、いかにも美味しそうな茶褐色のラスク。
「でだ」
「えっ」
「一般ピーポーたちが、あまりにも忘れっぽいのと、あまりにもオトナしいのとで、あの人たちは、ほとんどのコトは乗り切れる、と、思うのだろうな」
あ~。
「僕たちは、真っ当に五月蝿(ウルサ)い一般ピーポーであるべき」
「ま、真っ当に、五月蝿い、一般ピーポー、ですか」
「そう、真っ当に五月蝿い一般ピーポー。己の自己満足のためだけに、ただ闇雲に、理不尽に、オキテ破りに五月蝿い一般ピーポーではない、筋の通った真っ当な五月蝿い一般ピーポー、は、けっしてモンスターでもクレーマーでもない、ということだ」
ん~、なるほど。
筋の通った、真っ当な、五月蝿い一般ピーポー、か~。
「どうしても理解できないコトがあるなら、どうしても訝(イブカ)しむコトがあるなら、勇気を絞り出してでも、とにかく、まず、声を上げる」
ん~、なるほど、なるほどな~。
めざせ、真っ当に五月蝿い一般ピーポー、か~。
するとAくん、厚手のグラスにトクトクと、そのオレンジワインを注ぎ入れながら、「ま、とりあえず、そのラスクをひと齧(カジ)りして、グビリとやってみてよ」、と。
それにしても、ホントにキレイな淡いオレンジ色だ。
「では」
カリッ。
いい噛みごたえ。
バリッ。
ハトムギの香りにキャラメルの甘みが絡まる。
グビリ。
うわっ。
「赤でも白でもない絶妙なミネラル感が、ラスクと絡みに絡んで、いいですね、コレ」
「いいだろう。真っ当に五月蝿い一般ピーポーには、真っ当に旨いオレンジワインとハトムギのラスクがよく似合う、ってね。全然、関係ないけど」
たしかに関係ないのだろうけれど、真っ当に五月蝿い一般ピーポーは、全くもってマズくなんかない、ということだけは、自信をもって言えそうだ。(つづく)