はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と百と二十一
「シンリテキリアクタンス ト ナッジ」
「まずソコに、ナニがナンでも『自由』がなければならない」
ん?
「自由であるからこそ、僕が僕でいられる。と、言っても、過言でもない。とはいえ、当然ながら、ナニもカもが自由、というわけにはいかない。しかし、自由が阻害されているという思いを、一般ピーポーたちに抱かせてしまうことは、絶対に避けなければならない」
ナニやら、ちょっとしたドコかの大学の先生のような重厚な調子で、しかも、ナゼか上から目線で語り始めた、Aくん。オープニングからその難易度も、かなり高そうだ。
「自由が阻害されていない、かのような、そんな錯覚を与える戦略ってのがあったりするものだから、コレがまた実に厄介なわけよ」
せ、戦略!?
「不自由を選ぶのもまた、あなたの自由。みたいな、そんな手口だ。ソレってホントに自由って言えるのかよ~、って、突っ込みたくもなるだろ、普通」
本当の自由?
「そうしたコトを端的に表したワードがある。ソレが、心理的リアクタンス、と、ナッジ」
んん?
「心理的リアクタンス、と、ナッジ、ですか」
「そう。先ほどのインボイスも、僕に言わせれば、コレ系を駆使した巧みな戦略の一つだということ」
「イ、インボイスも、ですか」
「だって、免税事業者が免税事業者であることを自ら放棄する、か、否か、って、一見、本人の自由意志で決めているかのように見えるけれど、結局は、ナンらかの避けようのないプレッシャーをかけられて、上手い具合に誘導されてしまっているわけだろ、違うかい」
あ、あ~、なるほど。
しかし、ソレが、心理的リアクタンスなるものやらナッジなるものやらと、どう繋がってくるのか、が、悲しいかなサッパリわからない。
「心理的リアクタンス、そして、ナッジ。ソレって、いったい、ナンなのですか」
するとAくん、あたかもまるで、難しいことじゃないんだ、もうすでに説明しているじゃないか、とでも言いたげな調子で、少々荒っぽく、こう解説する。
「頭ごなしに『こうしてくれよな』ではカチンとくる。だから、だからこそ、あの手この手で、自分の意志で『こうする』をチョイスする、みたいな、あたかもソコに自由意志があるかのような気持ちにさせる、という、そんな飛びっ切りマジカルな戦略が、もう、知らないうちに定着し始めている、というわけだ。わかるかい。わかるだろ。わかるよな。で、でだ。ついでに言わせてもらえば、トにもカクにもナニよりも悔しいのは、そういう僕たちの心の動きみたいなものが、すでに完璧に分析されていて、イイように操られてしまっている、ってことなんだよな~」
う、うわ~。
ひょっとしたら、イヤほど悪知恵が働くエライ人たちが考える、「シモジモのピーポーたちを思い通りに操る」ってヤツは、まさに、そういうコトなのかもしれない。
そう思った途端に、おもわず腰が抜けてしまったかのように、ズンと、ズズンと、ズズズンと、その辺りの重力を全て吸い寄せて、地べたの中に沈み込んでいきそうになる。(つづく)