はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と三十九
すると、限りなく、あのパン屋の、あのライ麦パンに近い匂いと共に、Aくんが戻ってきた。
「冷凍していたヤツだからな~、どうだろ。ま、食べてみてよ」
うおっ。
やっぱり。
「ライ麦パンですよね」
「そうそう。石窯で焼かれた本格派なんだけれど、もう一ヶ月以上、冷凍庫の中で冬眠していたから」
「大丈夫です。ライ麦パンは屈強、無敵、ですから」
「屈強?、無敵?。推すね~」
テーブルの上に置かれた皿には、薄く輪切りにされた小振りのライ麦パンが、4枚、寄り添いながら行儀良く並んでいる。
するとAくん、ナニかを思い出したのか、慌てて、奥へ。と、思ったら、珍しく秒速で舞い戻る。手には赤ワインらしきボトル。と、おそらくオリーブオイル。
「これこれ。ま、ちょっと試してみてよ」、と、宣いつつ、グラスに、ソレを、トクトクと注ぎ入れる。
赤ワインとライ麦パンとの相性の良さは、私も経験済み。
せっかくアツアツに焼いてくれているので、冷めないうちに、一つ、カシッと。実に、いい音、美味しい音だ。
カシッ、カシッ。
うわっ、美味い。コレはコレで、かなり美味しい。
ソコに、その赤ワインをグビリと。
うわわわわっ、合う。やっぱり、というか、思っていた以上に、合う。
「かなり濃縮感があるのにフレッシュでフルーティー。コレ、いいワインですね。ライ麦パンとの相性もいい」
「だろ。大阪も、ヤルよな」
自慢げな、Aくん。
ほ~、大阪の、赤、なのか。
「でだ」
ん?
「結局」
んん?
「ソフトでマイルドなサイコパスに、小狡(ズル)く戦略的な知能犯たちがスルスルと擦り寄って」
あっ、サイコパス。
「いや、むしろ、引き寄せてしまうのかもな」
Aくんなりに考えてくれていたんだ。
「挑発的であって耳障りのいい、そんな話たちを駆使し、ポピュリズムの風を巻き起こし、その風を上手い具合に利用して、大衆の心を掴み、トドメに、分断。きっと、あの人たちにとっては分断も、蜜の味なんだろう」
あ~、よくある手口。
「なんだか、まさに、チーム、サイコパス、ですよね」
「そう。ソコにダークな旨味があれば、ダークなピーポーたちは群がる。ってこと。チームになってしまえば、もう、個人がソフトとかマイルドとかなんて関係ない。そして、トンでもないコトにさえ繋がりかねない。つまり、つまりだ。厳しいコトを言うようだが、要するに。己を真っ当にコントロールできないような人間は、大いなる責任あるポジションに身を置くべきではない、ということだ」
なるほど。
「ま、少なくともその赤ワインは、己を真っ当にコントロールできる造り手だからこそ造り上げることができた逸品。だと思う。己をコントロールできずして、こんな繊細なモノ、造れっこないだろうからな」
たしかに。
もう一齧(カジ)り、カシッと。
もう一呑み、グビリと。
ん~、いいワインだ。
「最高だろ。ノンアルコール、だけど」
「最高です。この、ノン、ん?、ノン?。ノ、ノン、ノンアルコール!?」
(つづく)