ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.1307

はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と三十八

「ホントニ マジ スッパイ パン」

 ん?

 コレは?

 パンを焼く匂い、か。

 しかも、・・・。

 パンたちにはタイヘン申し訳ないが、私は、圧倒的に「コメ(米)」派。もちろん、パンも麺も嫌いではない。というか、ドチラかというと「好き」に近い。だから、朝、挽き立てコーヒーと共に、とか、今晩、いい赤ワインがあるから、とか、夜中に、ちょっと小腹が空いたので、とか、で、あるなら、むしろ、パンやら麺やらの方が、コメを、サクッと抜き去っていってしまうかもしれない。けれど、けれどだ。ソレが毎日のコトとなると、一気に、俄然、コメ、と、なる。

 そう。コメの魅力は、まさにソコにあるのだ。

 そんなコメ派の私だけれど、実は、「コレだけは」というパンがある。

 ソレが、ライ麦パン。

 このライ麦パンだけは別格。そして、そんなライ麦パンの別格中の別格、ベスト、オブ、ベスト、別格が、以前、私が勤めていた職場の、その最寄り駅の、その駅前にあった、ごく普通の街中のパン屋さん、の、ライ麦パン。その、ヤタラとズッシリ重いライ麦パンは、見た目も匂いもナニもカも、他の追随を許さないほどのライ麦ライ麦感満載の、ホントに、マジ、私好みの酸っぱい酸っぱいライ麦パンであったのである。

 当時は、まだ、自ら進んで、好んで、いただくことなんてなかったワインなるものを、私の頭の中のハードドリンクリストに載せるようになったのも、この、ズッシリと重く、マジ酸っぱい、あのパン屋さんの、あの、ライ麦パンのおかげと言っても過言ではないだろう。ソレほど、この両者は相性がいい。

 そんな、その、ライ麦パンだけれど、私が伺った時は、いつだって、必ず、何段かあった棚のその一番上の右端に、チョコンと、ひとり(一つ)、鎮座していた。そして、優しく語り掛けてくれるのだ。「お待ちしてましたわ」、と。

 そう。出会えなかったことは一度もなかったのである。

 ひょっとしたら、あのライ麦パンを購入していたのは私だけだったのかもしれない。つまり、あのパン屋のオヤジさんは、私のために、私だけのために、ワザワザ、たった一つだけ、彼のパン職人魂を全力注入しつつ、真面目に、クソ真面目に、丁寧に、クソ丁寧に、あの別格中の別格のライ麦パンを焼いてくれていたのではないか。そんな思いがズンズンと膨らんでくる。仮に、もし、そうだったとしたら、もっと足繁く通えばよかったな。申し訳なかったな。と、今更ながらだが、反省も後悔も込めて、シミジミと思う。

 アレから、もう随分と時間が経過した。

 つい最近、その近くに用事があったので、「よし、久しぶりにあのライ麦パンを」とワクワクしつつ訪れてみた。

 その時、あらためて、あらためて時間の流れの残酷さ、みたいなモノを、ズッシリと痛感させられたのである。

 そう。もうソコに、パン屋はなかった。(つづく)