はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と八
「ナニモナニモ チイサキモノハ ミナ ウツクシ」
「なにもなにも、ちいさきものは、みな、うつくし」
ん?
「これ、あの、清少納言の傑作エッセイ、『枕草子』の中の、滅法、キュートなワンフレーズ。彼女が生きていた頃の『うつくし』は、ビューティフルというよりは、むしろ、キュート。そう、cute 。しかも、愛情に満ち満ちたキュート、言うなれば、loving cute 。だったみたいなんだよね」
んん?
「ま、枕草子、ですか」
「読んだこと、ない?」
「自慢じゃないですけど、教科書でしか知りません」
「そんなもんだよ、みんな。もちろん、僕にしても、たまたま、ソコのトコロだけ読む機会があっただけのことで、ほとんど教科書でしか知らない」
なんとなくホッとする。
「あの清少納言のことだから、その、ちいさきこと、の、ちいさき、は、おそらく、単なる物理的な大きさのことなんかじゃ」
「ない、と」
「そう。もっと、もっと内面的な、精神的な」
「ものだ、と」
「そう。しかも、清少納言が言いたきことは、ちいさきこと、というよりは、むしろ、おおききこと、だったんじゃないか、ってね」
「お、おおききこと?。おおききことは、みな」
「みにくし」
「み、みにくし?。なにもなにも、おおききことは、みな、みにくし、ですか」
「そう。もう一度、言うけれど、物理的な大きさのことじゃ、ない」
う~ん、物理的な大きさのことではない「おおききこと」、とは、いったい。
「清少納言本人に直接聞いたわけじゃないから、僕の勝手な推測の域を越えないのだけれど」
ひょっとすると、Aくんなら、どんな手を使ってでも清少納言とアポイントを取って、独自取材を敢行、なんてこともあり得るのかも、などと、バカげた妄想に浸っていると、Aくん、ユルリと、こう結論付ける。
「たとえば、仮に、僕が、大きな権力やらお金やらをガッシと握っていて、慢心して、態度もデカく、尊大で、傲慢で、みたいな感じだったとしたら、そんなヤツと一緒に呑もうなんて、微塵も思わんだろ」
(つづく)