はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と二十一
「テキノ センジュツ ヒハン ハ ルールイハン」
「世の中には、数多(アマタ)のルール違反があるよな」、とAくん。
「ルールの数だけルール違反もあるわけですからね」、と私。
「たとえば、たとえばだ。ある食堂の前に、甲と乙がいたとしよう」
おっ。
ココからの展開に興味津々、の、私。
「この二人、趣味も好みも全く違う。しかも、不幸なことに、チカラ関係がフラットじゃ、ない」
「キツそうですね、その関係」
「そう。立場の違いからくる圧倒的な優位さに胡座(アグラ)をかいて、さしたる努力もせず、いつだって強引な、甲、と、遮二無二(シャニムニ)自分の意見を述べはするが、結局、押し切られてしまう、乙」
あ~、まさに、悲劇的。
「その日も、辛いモノが苦手な乙は、極辛カレー専門店の前で、懸命に抵抗する」
その甲、かなりのトンでもないヤツだな。
「辛いモノが大好きな甲は、乙のことなど微塵も考えない。当然のごとく、そんな甲に対して、乙の抵抗は、ほぼ無力。だからといって、立場上、ケンカ別れというわけにもいかず、全くもってナス術(スベ)なしの、乙、ナニを思ったか、あの、牛歩戦術にでる」
「ぎゅ、牛歩、戦術、ですか」
「そう、時速1メートル未満の牛歩戦術だ」
「それでも、いずれ、店内の座席に辿り着いてしまいますよね」
「その通り」
「意味なく、ないですか」
「あんな戦術、全く意味をなさない、なんてコトは、誰にだってわかる。わかっちゃいるが、もう、ソレしかないからソレをする。ソレをすることで、少しでも乙の思いが伝われば、というその一念だけで、の、最後の足掻(アガ)きだ」
最後の、足掻き、か~。
「足掻きを全て、悪(ワル)足掻きと捉えがちだけれど、善(ヨイ)足掻きもある、ということだ」
善い、足掻きもある、か~。
「そんな乙の戦術を批判する権利は、甲にはない。と、僕は思っている。圧倒的に不利な状況にある敵の戦術を批判することは、ルール違反でさえある」
ルール違反?
あ、あ~。ソレが、数多のルール違反のうちの、一つ、というわけか。
「甲に限らず、甲のお仲間たちも然(シカ)り。追い詰められた乙の戦術に対して、部外者が、わかったような顔をして、エラそうに批判することなど、けっして許されるコトではない」
なるほど、なるほどな。
Aくんの、「敵の戦術批判はルール違反」理論の全貌が、ようやく見えてきた。
「まだ、味方の戦術を批判するならギリギリセーフかとは思いますが、追い詰められた敵の、その苦渋の戦術に対してイチャモンをつけるのは、たしかに筋違い。そういう意味で、オキテ破りのルール違反であるような気は、しますね」
(つづく)