ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.1090

はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と二十一

「テキノ センジュツ ヒハン ハ ルールイハン」

 「世の中には、数多(アマタ)のルール違反があるよな」、とAくん。

 「ルールの数だけルール違反もあるわけですからね」、と私。

 「たとえば、たとえばだ。ある食堂の前に、甲と乙がいたとしよう」

 おっ。

 ココからの展開に興味津々、の、私。

 「この二人、趣味も好みも全く違う。しかも、不幸なことに、チカラ関係がフラットじゃ、ない」

 「キツそうですね、その関係」

 「そう。立場の違いからくる圧倒的な優位さに胡座(アグラ)をかいて、さしたる努力もせず、いつだって強引な、甲、と、遮二無二(シャニムニ)自分の意見を述べはするが、結局、押し切られてしまう、乙」

 あ~、まさに、悲劇的。

 「その日も、辛いモノが苦手な乙は、極辛カレー専門店の前で、懸命に抵抗する」

 その甲、かなりのトンでもないヤツだな。

 「辛いモノが大好きな甲は、乙のことなど微塵も考えない。当然のごとく、そんな甲に対して、乙の抵抗は、ほぼ無力。だからといって、立場上、ケンカ別れというわけにもいかず、全くもってナス術(スベ)なしの、乙、ナニを思ったか、あの、牛歩戦術にでる」

 「ぎゅ、牛歩、戦術、ですか」

 「そう、時速1メートル未満の牛歩戦術だ」

 「それでも、いずれ、店内の座席に辿り着いてしまいますよね」

 「その通り」

 「意味なく、ないですか」

 「あんな戦術、全く意味をなさない、なんてコトは、誰にだってわかる。わかっちゃいるが、もう、ソレしかないからソレをする。ソレをすることで、少しでも乙の思いが伝われば、というその一念だけで、の、最後の足掻(アガ)きだ」

 最後の、足掻き、か~。

 「足掻きを全て、悪(ワル)足掻きと捉えがちだけれど、善(ヨイ)足掻きもある、ということだ」

 善い、足掻きもある、か~。

 「そんな乙の戦術を批判する権利は、甲にはない。と、僕は思っている。圧倒的に不利な状況にある敵の戦術を批判することは、ルール違反でさえある」

 ルール違反?

 あ、あ~。ソレが、数多のルール違反のうちの、一つ、というわけか。

 「甲に限らず、甲のお仲間たちも然(シカ)り。追い詰められた乙の戦術に対して、部外者が、わかったような顔をして、エラそうに批判することなど、けっして許されるコトではない」

 なるほど、なるほどな。

 Aくんの、「敵の戦術批判はルール違反」理論の全貌が、ようやく見えてきた。

 「まだ、味方の戦術を批判するならギリギリセーフかとは思いますが、追い詰められた敵の、その苦渋の戦術に対してイチャモンをつけるのは、たしかに筋違い。そういう意味で、オキテ破りのルール違反であるような気は、しますね」

(つづく)