はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と百と三十八
「カワリモンハ カワリモンデ ドウドウト イキタラヨカ~」
「そうそう、朝ドラ、朝ドラ、朝ドラでさ~」、と、思いっ切り唐突返しの様相を呈しつつ、Aくん。おそらく、突然、ナニかを思い出したのだろう。
そういえば、そうだ、そうだった。
某国民営放送の朝の連続テレビ小説は、Aくんの朝の生活のルーティンのようになっているのだった。
「ナニかと慌ただしい朝のテレビドラマだからな。ま、サラッと聞き流す、見流す、みたいな、そんな感じの朝のルーティンの一コマに過ぎないわけだけど」
わけだけど・・・なんだ?
勿体ぶったそのモノ言いに、余計に興味が膨らんでくる。
「おばあちゃんの一言が、バチッと、僕の中の琴線に響いたわけよ」
「おばあちゃんの一言が、ですか」
「そう。その一言は、どうしても自分自身に自信をもてないでいる多くの悩める若者たちに、ナニ気に、勇気を与えたんじゃないか、ってね」
ドコまで焦(ジ)らすつもりなのか、もう辛抱できない。
「その、そのおばあちゃんの一言とは?」
「そのおばあちゃんの一言、とは」
「一言、とは?」
「変わりもんは」
「変わりもんは?」
「変わりもんは変わりもんで、堂々と生きたらよか~」
・・・
変わりもんは
変わりもんで
堂々と
生きたらよか~
・・・
う~ん。たしかに、ナニ気にいい言葉だ。
「世の中、無難にワンカラー」みたいな、そんな風潮が、ジクジクと、ジクジクと澱みつつ広がっているような気がするだけに、「どんなカラーでもいいじゃないか。胸を張れ、若人よ」と、そのおばあちゃんが声高らかに応援してくれているようにも思えて、私までナンだか嬉しくなる。
「いいおばあちゃんですね」
「そう、いいおばあちゃんなんだ。人生のベテランは、こうでなきゃな~、ってね、そう思わせてくれているような気もするし」
おっしゃる通りだ。
どうしても、チマチマとした愛情からか、チマチマとした声掛けをしがちだからな~、私たちは、いや、私は。などと、おもわず自分自身のチマチマさ加減にプチ嫌悪してしまう。
変わりもんは
変わりもんで
堂々と
生きたらよか~
自分なりの、自分だけのスペッシャルカラーには、そのスペッシャルカラーなりの独自の独特な輝きがある。その輝きに、当の本人が気付いてあげないと、期待してあげないと、さらに磨きを掛けてあげないと、せっかくのその輝きが、あまりにも可哀想だし、第一、勿体ない。(つづく)