はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と九十九
「アイシュウノ マチナカビジュツカン」
大学に通っていた頃、友人に連れられて、ある美術館を訪れたんだけどさ~、と、遥か遠い昔を懐かしむように語り始めた、Aくん。もちろん、現代のような、事前にチャチャチャチャチャッと検索して、というような時代ではなかったので、全くもってナンの前知識もないまま、の、訪問であったわけだ、と、ジンワリと静かな盛り上がりを見せるそのプロローグに続けとばかりに、Aくん、いよいよ、本格的に、その、『哀愁の街中(マチナカ)美術館物語』の幕を上げたのである。
「たしか、最寄り駅は品川であったかと思う。その品川駅から15分ほどトボトボと歩くと、ようやくソレらしき建物が目の前に現れる。ソレは、国立やら都立やらといった巨大なモンスター美術館なのではなく、街中の、古いモダンな洋館をリユースした美術館で、その佇(タタズ)まい、ナンだか足を踏み入れる前から、随分と心地良かったんだよな」
この時点で、すでに、私の頭の中には、なんとなくではあるけれど、きっとこんな洋館テイストの美術館なのだろうな、というイメージが出来上がっていた。
広い、深い、緑の森。
その緑に映える白い壁。
余裕のある、ユッタリとしたエントランス。
黒光りする木の床。
階段は、絶対に螺旋(ラセン)階段。
直線と曲線とが交錯する空間に、窓から注ぎ込まれる陽の光。
そんな私の洋館のイメージを、キレイになぞるようにして、ユルリと、その美術館の思い出を語り続けたAくん、そのラストを、こう締めくくる。
「そんな、お気に入りだった哀愁の美術館も、とうとう解体されてしまったらしい」
えっ!?
「老朽化」
ええっ!?
「僕が初めて訪れた日からでも、もう何十年も経っているわけだから、仕方がないっちゃ~仕方がないのだけれど、あらためて、時の流れとは『風化』なのだな、と、思わされたわけよ」
時の流れとは、風化、か~。
よほどの強い思いが、大きな経済力の応援も受けて、ソコにない限りは、私たちが、何気に、今、当たり前のモノとして目にしている景色は、いずれは消えてなくなる、ということなのだろう、・・・か。
「十数年ほど前だったか、ある年の暮れ、サクッと立ち寄らせてもらった時に、やたらと広い芝生の中庭を眺めながら呑んだホットワイン、の、その温もりが、今でも忘れられないんだよね」
(つづく)