ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.787

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と十八

「サイゴノ イブリガッコ」

  皿の上に、寂しそうにポツンと残っていた最後の「いぶりがっこ」と、たまたま目が合ってしまった私は、「わかった、わかった」と(心の中でではあるけれど)呟きながら、ソレを箸で摘(ツ)まみ上げる。

 いい色味だ。老練、と、言っていい。 

 「しばらく、放っておいて申し訳ない」と(またまた心の中で)呟きながら、口の中に放り込む。

 いい歯応えだ。クォリコリクォリコリと噛むたびに、燻煙香が鼻から抜ける。

 視線を変えると、Aくんが、一升瓶を持ち上げていたものだから、慌てて、空のぐい呑みを差し出す。放ったらかし熟成の酒が、キラキラとオレンジ色に輝きながらトクトクトクと注がれる。溢れそうになったので、秒速で唇をつける。

 ストーブの横に置いてあったからか、ユルユルのぬる燗みたいになってはいたけれど、これはこれで、口中に僅(ワズ)かに残っていた「いぶりがっこ」との相性も良く、極上の余韻を残して喉を駆け下りていく。

 するとAくん、その酒を、自分のぐい呑みにもトクトクトクと注ぎ入れながら、こう呟いたのである。

 「新しく制定された、十把一絡げ(ジッパヒトカラゲ)の法律が、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちによって、正攻法の伝統的な製法で、丁寧につくられてきた珠玉のアテを、いとも簡単に、絶滅危惧種に仕立て上げる」

 えっ!?

 「いぶりがっこが、絶滅危惧種に仕立て上げられてしまうのですか」

 「そう。詳しいことはよく知らないんだけれど、浅漬けによる食中毒がどうのこうのという理由で、漬け物の衛生面の規制が、より厳しくなるらしい」

 ええっ!?

 「いぶりがっこのドコが浅漬けなんだよ。どちらかといえば、浅漬けなのは、むしろ、権力を握る、法律をつくる、シモジモじゃないエライ人たちの脳味噌の方じゃないのか、って話だよな」

 Aくんによれば、新たに設備投資をするだけの資金も気力もなく、そろそろ潮時かな、みたいな、そんな感じの、お爺ちゃん、お婆ちゃん、が、ほとんどらしい、という。

 それが事実だとしたら、と、思っただけで、悲しく、辛く、なってくる。

 考えてみると、このコトに限らず、巷に蔓延(ハビコ)る数多の法律の中には、浅漬けと「いぶりがっこ」との違いすらもわからない程度の、そんな浅知恵感満載の法律も、少なくはないのだろうな、などと、あらためて、ズシンと重く思ったりしてしまうのである。(つづく)