はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と四十
「タカガ ベーコン サレド ベーコン」①
あまりにドッと疲れ果てたせいだろうか、ナニを思うということもなく、ただボンヤリと、再び、棚に並ぶ何冊かの書籍たちに目をやる。
ん?
Francis Bacon?
フランシス・バコン?
ナニ者だ?
デフォルメされた筋肉が、さらにグニュッと有機的に捻(ネジ)られたような人間らしきモノが、紐で吊られたボードの上で佇(タタズ)んでいる。そんな、摩訶不思議な表紙が妙に気持ちいい、一冊の画集っぽい洋書を見つけたものだから、おもわずAくんに尋ねてみる。
「ナニ者ですか、この、フランシス・バコン、って」
「あ~、ソレね、いいだろ。お気に入りの一冊なんだよね。ちなみに、彼の名前は、バコン、ではなくて、ベーコン、フランシス・ベーコン。その生きざまもまた実に興味深い、イギリスの画家だ」
えっ、
顔が熱くなるのを感じる。
ベーコン、か~。
ベーコン、bacon ?
このスペル、同じだ、間違いない。
同じだと気付いた途端に、その、有機的に捻れたような筋肉が、豚肉を塩漬けにしたあのベーコンそのものに見えてくるから不思議だ。
「ベーコンみたいですよね」
一瞬、「ん?」という表情を浮かべたAくんではあったけれど、すぐさま、「あ~。たしかにコレなんか、かなりいい肉質のベーコンに見えなくもないか」、と、太股(フトモモ)らしき部位を指差しながら、納得の表情に切り替わる。
「あっ」
ナニを思い出したのか、Aくん、またまた奥へと姿を消す。
バタン、ガタン、トントン、と、ナニやら作業を始めた様子で、しばらくは戻ってきそうにない。
なんとなく、パラリパラリとページをめくってみる。
ナンだろうな、この感じ。
ネチャッとした粘性のある光沢感が、やっぱり、ナンとも気持ちいいのである。おそらく、この独特なテイストが、豚肉の方のベーコンを思い起こさせる要因の一つなのだろう。
ん!?
なんだ、この香りは。
いい香りだ。
ま、まさか・・・。(つづく)