ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.562

はしご酒(Aくんのアトリエ) その三

「マチナカ ノ ニホンダテ ノ エイガカン」

 あらためて、元は芝居小屋であったというAくんの、このアトリエの中を、グルリと見渡してみる。

 なぜだろう、芝居を楽しむお客さんたちの声が聞こえてきたような気がしたものだから、少し、驚いてしまう。もちろん錯覚なのだろうけれど、それほど、その空間に歴史あり、といった空間というものは、人の心に、時の流れを超越したナニかを、パラリパラリと振り撒いてくれるのだろうな、きっと。

 そんなことをアレやコレやと思ったりしているうちに、学生時代、休日によく利用した、2本立てで600円ポッキリという街中の小さな名画座、映画館、の、ことを、思い出す。

 「街中の小さな映画館、見掛けなくなりましたね」、と、結構、唐突に私。 

 「街中の小さな映画館か~・・・、そうだな、もうすっかり、絶滅危惧種、と言ってもいいかもしれない」、と、少し、寂しげにAくん。

 「ああいうギュッと密で濃厚なマイナー空間というものが、この国の、文化を育む、その一端を担ってきたような気がするのですが」、と私。

 この芝居小屋だって、この街の独自の文化を育んできたのかもしれないしな、などと宣いつつAくんも、そして私も、もう一度グルリと、周囲を見渡してみる。

 あらためて、いい空間だと思う。と同時に、勿体ないな、とも思うし、時の流れの残酷さみたいなものも、感じたりする。

 するとAくん、「ココよりも、もう少し広かったと思うけれど、僕が二十歳(ハタチ)そこそこであったある日、見に行った、ある、演劇のことを思い出したよ」、と。

 「どんな舞台、だったのですか」

 「たしか、友だちの義理のお兄さんの劇団の公演だったと思う。その場所も内容も、まるで思い出せないのだけれど、古いビルの、かなり広くて薄暗い一室で迸(ホトバシ)る若者たちの熱量と、なぜか、にちり~ん、にちり~ん、と大声で叫ぶシーン、とだけは、シッカリと覚えているんだよな~」

 「そんな中から、どころか、そんな中からだからこそ、舞台芸術の未来に一石を投じるような、そんなパワフルな新星が、覚醒し、爆発していく、かもしれないわけでしょ」

 そうだな~、そうかもしれないな、と、静かにそう呟くと、Aくん、もう一口、グビリとやる。(つづく)