はしご酒(4軒目) その七十
「キョウシュウ ノ イソベヤキ」①
ある食べモノが、その食べモノとは無関係としか思えないような、そんな、ほとんど忘れ去っていた幼少期の記憶を、その隅々までリアルに蘇らせる瞬間が、時としてある、とAくん。
そういえば、たしか、「香り」にまつわる話で、同じようなことを聞いたことがある。
それほど「香り」というモノは、それにまつわる記憶とともに、脳の奥深いところのどこかに、知らぬ間に、無意識のうちに、染み込んでしまっているのだろう、きっと、という、そんなイメージだ。
「香り」単体でも、そのようなことが起こってしまうのだから、五感の合わせ技一本みたいな「食べモノ」であれば、当然起こりうることだな、などと思ったりしながら、もう少し、Aくんの話に耳を傾ける。
「それが磯辺焼き。平べったい丸餅に味付海苔、そして、タラリと醤油、というこの豪華な三位一体が、あの頃に僕を、シュルリとタイムスリップさせるんだな」
磯辺焼きか~。
私も好物ではあるけれど、だからといって、磯辺焼きは、どの頃にも私を連れて行ってはくれそうにない。
おそらく、Aくんにとっての磯辺焼きは、他のモノとは一線を画した、ちょっとスペッシャルな食べモノ、だということなのだろう。(つづく)