向付け その弐
「シャニカマエテ モノモウセナイ」
ずっと、「斜に構える」の、その意味がわからなかった。
わからないのに、Aくんに、「そう斜に構えずに」などと、言ったりもしていた。
この、斜に構える。
ある剣道の達人(本人は、「おちょくらないで」と否定していたが、私から見れば、トンでもなく達人なのである)が言うには、ほんの少し隙(スキ)をつくり、相手をコチラの懐(フトコロ)に導き入れて、撃つ!、という、必殺の「かまえ」なのだそうだ。もちろん、諸説あるのだろうけれど、その達人はそう力説する。つまり、斜に構えたあとには、必ず、「撃つ!」がなければならない、というわけ。
しかしながら、現代社会の中で、実際に「撃つ!」などというコトをしてしまうと、さすがにイロイロとヤヤこしくなりそうなので、この場合の「撃つ! 」は、「モノ申す!」で充分。
そう、「モノ申す」。
「撃つ!」をも凌(シノ)ぐ言霊(コトダマ)パワーで、腐敗臭を放つこの社会の闇に、会心の爪痕を残してくれるに違いない、はず。
と、思いたいのだけれど、な、なんと、この「モノ申す!」もまた、結構、難しかったりするのである。
もう、「モノ申せない」。
一般ピーポーの魂には、すでに、モノ申すための余力なんて、残っていないようだ。
だから、誰も、斜になんか構えない。必殺の構えなのに。
となると、Aくんは、斜に構えていていいのかもしれないな。
そうだ、斜に構えていて、いい。いや、是非、斜に構えていて、ほしい。
次の一撃の、その予感が、Aくんの魅力であり、ソレこそが、彼の「熱さ」なのであろうから。
(つづく)