はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と十二
「アノトキノ シュウリシタコトガ ジャマニナル」
ある若手の仏像修復師の言葉。
「あの時の修理したコトが、邪魔になるのは、一番、マズい」
つまり、その場しのぎの、ナンの裏付けもない、上っ面だけの修復は、今後、新たにわかったコトがあった時の本気の修復の邪魔になる、ということらしい。ようするに、修復は、誤魔化しなしの本気の修復でなければダメだということだ。
そういえば、江戸時代に施された雑な修復が、現代の補修の邪魔になっている、という話を耳にしたことがある。
そう、本気の修復。本気の修復でなければ意味がない。どころか、そうでなければ、必ず、未来に禍根を残す。と、いうわけだ。
たとえば、このところの大都会の再開発ブーム。はたして、あの再開発たちに、そういった誤魔化しなしの本気の修復の「魂」は、宿っているのだろうか。なんだか、グツグツと、そんな疑問が湧き上がってくる。
「その修復が本気の修復でなければ、修復しないままお返しすることもある、と、ある若手の仏像修復師が語っていたことが忘れられないのです」
「本気の修復?」
「自信がもてない修復は、ヤラない」
「ほ~、いいな、その、プロの職人魂」
「では、大都会の再開発は、どうなのか。ソレは、本当に、本気の再開発なのか」
「本気の再開発、ね~」
「利権や、目先の利益や、といったモノばかりにガンジガラめの、あの時のあの再開発が、未来の、本気の再開発の邪魔になる、などということだけは、あってはならない、と」
「思うわけだ」
「あの若手の仏像修復師が抱いている仏像への愛と同じモノが、大都会の再開発に携わる人々の心の中にもあるのか。是非、尋ねてみたい、と、本気で思っています」
「尋ねてみたい、ね~。ま、相手の気持ちを聞く、知る、ことは、大事なコトだからな。でも、尋ねたばかりにトンでもなくガッカリしてしまう、なんてこともあるわけだから、覚悟はしておいた方がいいかもな」
(つづく)