はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と七十六
「ノーウーマンノークライ ナ バリアイランド!」④
そんなふうに立ち尽くしていた僕のことなどお構いなしに、僕セレクションの一つ一つを古紙で包み始めたオヤジさん。もう、すでに、商談成立、ということらしい。
ま、着古したTシャツだし、メチャクチャ暑いし、裸でプラプラするのも、それはそれでいいか~、などと、ブツブツ独り言ちながらその場で脱いで、「ホントに、こんなTシャツでいいんですか」、と、どうにかこうにか僕の気持ちも伝えつつ、差し出す。で、ようやく、この、フェアトレードには程遠いイクスチェインジは、完了。
トにもカクにも、オヤジさんは大喜び。
こういうのをむしろ、「フェアトレード」というのかもしれないな。などと、思ったりもする。
そんな、そのオヤジさんの爆発する笑顔がコチラにまで伝染して、僕は、バカみたいにニコニコしながら、その土の道を、着る服を求めて再びプラプラと歩きだした、というわけだ。チャンチャン。
「その時の、僕セレクションの一つが、コレ、コレなんだよね」、と、その黒くて細長い「コレ」を私に手渡す。
思っていたほど大きくなく小振りだが、見事なまでの彫刻が、カッコよく、バリっぽく、全体に施されている。
「ナンですか、コレ」
「ナンだと思う?」
「コレ、黒檀(コクタン)ですよね」
色味が少し淡い気もするけれど、その感じが、それはそれで良かったりもする。
「あっ、楽器だ。笛かな~、うん、間違いない、黒檀の笛ですね、コレ」
するとAくん、嬉しそうに、「そうそうそうそう、黒檀の笛。随分と昔のコトだけど、コレを見ると、あの時のあのオヤジさんとか、あの、裸で闊歩した土の道とか、そして、あのお姉さんのあの乙女の涙とか、を、かなりリアルに思い出したりするんだよな~」
なるほど。
自分以外の人たちにとってはナンてコトないモノであったとしても、当人にとっては大切なナニかを思い出させてくれる、そんな大切なモノなんだ、みたいなコトって、たしかにあるような気がする。
ナニはともあれAくんにとってのバリは、ノーウーマンノークライなバリアイランドであった、ということなのだろう。
そんなことをボンヤリと思っていると、突然、Aくん、「あっ!」、と。
ん?
「あ~、そうか~、そいうことか~」
んん?
「あまりにもヘタクソだったから、その時はわからなかったけど、あの時の、あの、お兄さんのフンカタフンカタフンカタフン」
んんん?
「ノーウーマン、ノークライだ」
(つづく)