はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と七十五
「ノーウーマンノークライ ナ バリアイランド!」③
別れ際に、そのお兄さんを心配させまいと、「大丈夫。バリは僕の庭のようなものだから」、と、片言の英語でエラそうに宣ったわりには、別れたそのシリから、ココはドコ?、と、途方に暮れる。
仕方なく、とりあえず、土の道をプラプラと歩いていると、何軒か並んでいる店のその左端の、角のお土産屋さんのオヤジさんと目が合ってしまう。
その店、たしかにお土産屋さんっぽくはあるのだけれど、だからと言って、よくあるあの「ファンシー」感は全くない。聞けば、その無骨なオヤジさんが全て作っている、という。
そう聞かされると、なぜか妙に興味が湧いてきて、吸い込まれるようにして店内へと入っていく。
え~い、気に入ったヤツは片っ端から買ってやれ~、と、いくつかチョイスして、カウンターにドドドドドンと並べてみせる。
ユルリと、雑な計算をし始めたオヤジさん。しかもその目は、一層、僕を、不安に陥れてしまうほどに違う方を見ている。その、その視線の先にあるモノとは、ナニあろう、僕の、僕のTシャツ。
突然、歌い出すオヤジさん。
あっ、あ~、ノーウーマン、ノークライ。そう、その日、僕が着ていたTシャツの前面には、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのノーウーマン・ノークライの歌詞が、所狭しとビッチシと、書かれまくっていたのである。
このTシャツ、何年も前に、あるスーパーマーケットで買った、いわゆる安物で、元々薄かった生地は、ますます薄くなっている。
上機嫌で、ひたすら歌い続けているオヤジさんに、とにかく、支払いをしなければ、と、財布をカバンから出そうとする。すると、そのオヤジさん、両手でソレを制止する。
ん?
コレは、売り物じゃないんだ、か?
コレは、君には売りたくないんだ、か?
僕なりに、頭の中のコンピューターを思いっ切り働かせて、その制止の理由(ワケ)を知ろうと試みる。
するとオヤジさん、その両者を指差しながら、「イクスチェインジ!」、と。
んっ、ん~?、イクスチェインジ!、って。
あっ、あ~、イクスチェインジ、ね。
えっ、え~!、イ、イ、イクス、イクスチェインジ~!?
この、この着古したTシャツと、目の前に並んだ僕セレクションの数々とを、イクスチェインジ、交換したい、ということなのだろうか。
いやいやいやいや、それはナイだろ、それはナイ。絶対にナイ。
その、そのナンとも想定外な展開に、私は、どうしたものか、と、その場で、しばらく立ち尽くしていた、というわけだ。(つづく)