はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と三十
「ゼニガタヘイジ ト イシハラユウジロウ」
えっ!?
あまりにも唐突で珍妙な質問に言葉を失っていると、おもむろに立ち向かったAくん、なにやら、古めかしくて勇ましい、そんなマーチ調の歌を押さえ気味ながらも声高らかに歌い始める。
♪お~と~こだった~ら~ ひとつにか~け~る~ か~け~てえも~つれ~てな~ぞをっとっく~ だれがよんだかっだれがよんだかっぜにがたへえいじ~い~い~い
必要以上に回しに回したコプシに、吹き出してしまいそうになる。
「な、な、なんですか、それ」
「銭形平次だよ、銭形平次。御三家のひとり、舟木一夫の代表曲!」
「だ、代表曲なんですか」
「少なくとも僕はそう思っている。どうだい、いい曲だろ」
「は、はい。で、その曲が、先ほどの問い掛けのヒントかナンかなのですか」
するとAくん、ナニを思ったのか、先ほどとはガラリと曲調が異なるムード歌謡を、惜しみなく妖しげに歌い始める。
♪しのびあうこいを~つつむよ~ぎりよ~ しって~いる~の~か~ ふたり~のな~か~を~ はれてあ~え~る~そのひ~ま~で~ かくして~おくれ~よぎり~よぎり~ ぼくら~はい~つ~も~ そっというのさ~ よぎり~よ~こんやも~ ああり~が~あ~あ~あ~と~お~お~お~
先ほどのマーチ調を軽く上回るコブシの回され具合に、完全に吹き出してしまう。とっさに口に手を当てたので被害は最小限であったものの、掌(テノヒラ)には、細かいいぶりがっこが、踊るように点在している。
「な、な、なんですか、それ」
ナンのことやらサッパリ見当すらつかない。
「銭形平次、平次、へいじ、つまり、平時、には、実に開放的にオープンに、とってもアグレッシプで勇ましいのに、石原裕次郎、裕次郎、ゆうじ、ろう、つまり、有事、には、突然、コソコソと、コソコソと怪しく密談の花盛り、隠して隠して隠しまくって夜霧の中に消えていく」
うわっ。
無実の銭形平次と石原裕次郎には申し訳なくなるぐらいの、Aくん得意の強引さではあるけれど、全くもって思いも寄らなかった目からウロコのその指摘に、清き一票を投じたい。(つづく)