はしご酒(3軒目) その三十五
「ウワキゲンバ ニ ソウグウ!?」
脱ストレスに向けての、おそらく口に出してなんて絶対に言えないであろう、人知れずな宣言(そうした人知れずな宣言を「ステルス宣言」と、私は呼んでいる。たしかに、ストレスとステルス、似てなくもない。が、もちろん、関係は、全くないと思う)に、ひとり悦にいっていると、背後から、どこかで聞いたことがあるような、ないような、そんな声がしたものだから、少し驚いてしまう。
「浮気現場に遭遇!」
着物姿の男性が、少し疲れぎみではあるものの、ステキな笑顔で、そこに立っていた。
すぐさまZさんは、呆れた表情を浮かべながら、どこかで見たことがあるような、ないような、そんな、その男性に、「つまんないこと言う前に、まず、待たせてごめんなさい、でしょ」と、いつになく語気を強める。
ん?、浮気現場に遭遇?、誰と誰が?、Zさんと私?、お~、おいおいおいおい、などと、しなくていい動揺をしてしまいながら、一瞬アタフタとした私であったのだけれど、幸い、その二瞬めには、「あ~、あ~あ~あ~あ~」と、全容の輪郭が、安堵とともに、クッキリとしていた。
知人といっても、年に数回、お酒を呑み交わす程度で、ご多分にもれず、彼のことも、あまりよく知らない。でも、Zさんと同様、とてもいい人、とてもいいご主人さん、だということだけは、辛うじて知っている。ま、それだけで充分なのだが。
そんな私に、「ちょっとだけ、僕も、お邪魔させてもらおうかな~」と、話しかけてきた彼に、「どうぞ、どうぞ」とZさんの隣の席を譲ろうとする。
結局、私は、この着物な二人に挟まれる格好で、あともう少しの間、程よい緊張感とともに、美味い酒を呑むことに、なったのだけれど。(つづく)