はしご酒(Aくんのアトリエ) その六百と十四
「ヒトタラシ ノ ジダイ」
「女たらし!」
えっ!?
「甘い言葉巧みに女性を誑(タラ)し込むスケベ野郎」
ええっ!?
自慢ではないが、生まれてこの方、「女たらし」などと言われたことがない。
「と、『たらし』には悪いイメージしかなかったのだが」
私のコトではなかった、か。そもそも私のコトであるはずがないのだけれど、まさに青天白日、容疑が晴れたような気分で、妙にホッとする。
「ナゼか、その親戚筋にあたる『人たらし』には、いいイメージしかない。不思議だとは思わないかい」
親戚筋の、人たらし?
あらためてそう言われると、たしかに、同じ「たらし」系なのに、全くもって真逆だ。
「僕はね、この『人たらし』が、地方の救世主。地方創生の起爆剤。に、なり得ると思っている」
「ち、地方の、地方創生の、ですか」
もう、ほとんど耳にしなくなった地方創生というワード。後ろめたさも手伝って、正直、口にするのも、少し、憚(ハバカ)られる。
「しかも、ヤング人たらし」
「ヤ、ヤング、人たらし、ですか」
「そう。無理やりでも強引でもなく、ごく自然に、なんとなく、人を惹き寄せる吸引力が魅力のヤングピーポーたちが、僕が知っているだけでも、結構、ジワリジワリと、地方で、って感じで、個人的には、かなり、ワクワクしている」
ん~、・・・あっ。
人間関係が、質、量、とも、希薄な、そんな私が言うのもなんだが、そういえば、以前、ある縁があって、たまたまお邪魔したある過疎化の真っ只中の小さな村の小さなレストランで、Aくんのその指摘に近いモノを感じたコトを、今、思い出した。こともあろうに、その時、私は、とても美味しい地元の白ワインをガブガブといただいていたこともあって、調子に乗って、その若いシェフに、『身体中のエナジーを吸い取る都会の悍(オゾ)ましさ』について、バカみたいにエラそうに熱弁をふるうという痴態を演じてしまったのである。思い出しただけで顔がボッと熱くなる。どころか、燃えて灰になってしまいそうだ。
「とはいえ、地方で生計を立てることは容易なことではない。そもそも、だから、過疎化なんだからな」
離れたくないが、仕事がないから、と、泣く泣く地元を去った若者たちも数多くいると、私も聞いたことがある。そういえば、あのシェフも、二十年近く、都会のレストランで、と、言っていたな。
「だけど、だけどだ。都会の闇に気付き、疲れ果て、そんな都会に別れを告げた、ヤングピーポーたちの『輪』が、ココにきて、ジワリジワリとながらも確実に、オジイちゃんやオバアちゃんをも巻き込んで、広がりを見せつつあるように思えてならないんだよな~」
ん~ん~ん~ん~、まさに、まさに、Viva (ビバ)、人たらし。
もちろん、前途はまだまだ多難だろうけれど。でも、ようやく、時代は、人たらし、の、時代に、突入しようとしているのかも、しれない。(つづく)