はしご酒(Aくんのアトリエ) その六百
「ゴジョクアクセ! ゴジョクアクセ?」
「五濁悪世(ゴジョクアクセ)」
ん?
「ご、ごじょく、あくせ、ですか」
「そう、五濁悪世。五つの濁りに満ち満ちた最悪最低の世界」
「五つの濁りに、ですか」
「そう。五つの濁りに、だ。さすがにその五つ全ては覚えちゃいないが、ナゼか、邪悪な考えが、見識が、思想が、蔓延(ハビコ)って、ソレが当たり前のようになってしまう『見濁(ケンジョク)』と、敵であれ見方であれ、他人であれ身内であれ自分自身であれ、そして、大人であれ、子どもであれ、命を、徹底的に理不尽に軽んじてしまう『命濁(ミョウジョク)』だけは、今でも、色褪せることなく、この胸のこの辺りに、シッカリと、鎮座してくれている。おそらく、初めて耳にした時に、余程、ストンと腑に落ちたのだろう」
けんじょく、と、みょうじょく、か~。
「邪悪な考えが蔓延るのも命を軽んじてしまうのも常態化して、皆が皆、ナンの疑問も抱くことなく『そんなものなんじゃないの』と思い始めたとしたら。ん~、ソレって、かなり、恐ろしいコトですよね」
「イエ~ス、その通り。もちろん、五濁の一つ一つも充分に恐ろしいわけだけれど、そうした一つ一つが常態化して、ソレが致し方のない普通の世界だと思うようになってしまうコトの恐ろしさは、更に一層トンでもなく恐ろしい近未来をリアルに予見させる『恐ろしさ』だよな」
更に恐ろしい近未来を予見させる恐ろしさ、か~。
「そんなモノが常態化してしまえば、もう、誰も、五清良世(ゴセイリョウセ)でなければダメなんだ、とは、思わなくなるでしょうからね」
「ごせいりょうせ?」
「五つの清さで満ち満ちた良い世界」
「あ~。そうとも言うのかもしれないが、仏教では、『三綱五常(サンコウゴジョウ)』、『世道人心(セドウジンシン)』、だったかと。ま、名称なんてなんだっていい。とにかく、そうした五濁悪世とは真逆の世界ってヤツを目指さなくなるコトだけは、まず、間違いない」
「そして、ズルズルと、地獄へ、坂道を転がり落ちていくわけですね」
「このまま放っておくと、そうなるかも、な。でも、『そうじゃダメなんだ』という強い思いを、一人ひとりがもつことさえできれば、まだまだこの国は、この星は、多分、いや、きっと、大丈夫、大丈夫だ。と、思いたいよな~」
思いたい。
マジで、思いたい。
(つづく)