はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と五十七
「ショリスイ ト オセンスイ ト セイフ ト メディア」
「つくづく思うよ」
ん?
「大多数の一般ピーポーたちの思いよりも大切なモノ、ソレは、チカラを有する者たち。支持してくれる者たち。そして、『票』たち。なんだということを、ね」
ん~。
「ソレも民主主義と、無理やり言おうと思えば言えなくもないのだろうけれど、しかし、こんな考え方では、やり口では、おそらく『分断』しか生まないだろうな」
分断しか生まない、か~。
「議席数による数の論理。単なる勝ち負け。だけの、世界。つまり、負け組たちの批判など、所詮、負け犬の遠吠え、だということだ」
負け犬の、遠吠え、か~。
「話し合い、理解し合うことなど、混乱を招くだけだ。と、言い放ちつつ、あの人たちは、いつだって強引にヤッちまうわけだ」
たしかに、ヤッちまう。
とくに、ココにきて、そのやり口が暴力的とさえ感じるほど、酷(ヒド)くなってきているように思えてしまうのは、私だけだろうか。
「メディアも、さり気なく荷担するしな」
「荷担、ですか」
「そう、荷担。たとえば、あの『処理水』」
ん?
「風評被害を防ぐためにも、と、いうことなのかもしれないが、ほとんどの国が『汚染水』、あるいは『放射能汚染水』と言及しているにもかかわらず、頑(カタク)なに『処理水』と言い続ける、政府。しかも、メディアまでもが一緒になって、平然と、『処理水』と宣う。そこまで『処理水』と宣いたいのなら、まず、世界中のピーポーたちに、『処理水』なんだということを理解してもらう努力をしなければならないはずなのに、その努力こそが風評被害を防ぐ唯一であるはずなのに、そんな邪魔臭いコトは、しない」
処理水。
汚染水。
政府。
そして、メディア、か~。
「そもそも処理水ってナンだ。完全に処理できた水以外は処理水ではないはずだろ。違うかい」
違わない。
「百歩譲って、処理水というワードを使うとすればだ。『処理し切れなかった放射能処理水』が、ギリギリ、だな」
処理しきれなかった、放射能処理水、か~。。
残念ながら、ソレでは、処理水なんだ、と、世界に発信も、処理水なのだから、と、海洋放出も、できないだろうな。できないから言い続けるのか、汚染水ではなく「処理水」と。
「なんとなくですが、ソレって、国内法で禁止されている農薬は使っていませんよ、という野菜を、堂々と『無農薬野菜』です、と、宣うのと、とても似ているように思えます」
「同じ理屈でいくと、その無農薬野菜、『国内法で禁止されている農薬は使っていない無農薬野菜』という表記になるな、きっと」
ふ~。
あまりに愚かすぎて、なんだかドッと疲れてきた。
「僕たちのようにナンでもカンでも疑ってかかるピーポーよりも、うんと、ナンでもカンでも信じる、信じたい、と、思うピーポーたちの方が多いんだ。そんな純粋なピーポーたちを騙したり、都合よく誘導したり、洗脳したり、利用したりするようなコトだけは、絶対にしてはいけない。政府も、もちろん、メディアも」
(つづく)
追記
世界中へのカネ(血税)のバラ撒きは、そうか、このためだったのか。
そのバラ撒きによって、表向き、その国のトップは納得しても、世界中の一般ピーポーたちは、絶対に納得しない。
だって、この国の一般ピーポーたちが納得できないコトを、この国以外の一般ピーポーたちが、納得なんて、できるわけないじゃないか。