はしご酒(Aくんのアトリエ) その五百と三十五
「ギャクサベツッテ ナンダ?」
コレまでの長い差別の歴史を深く学ぶことなく、ただ、この今だけを切り取って、「逆差別だ~」と罵(ノノシ)る、喚(ワメ)き散らす、そのあまりにも稚拙で愚かなる所業。を、民主主義をリードしてきたと自負するあの大国の最高裁が正当化してしまったのだから、驚きだ。
ナゼ、そんな判断を下したのか。
正真正銘、論理的な判断なのか。それとも、政治的忖度か。はたまた、根っからの差別主義者が過半数を占めていただけのことなのか。
そもそも、逆差別、って、いったい、ナンなのだろう。
「逆差別、って、ナンだと思いますか」
Aくんに負けないぐらいの唐突さで、思い切って問うてみる。
「長く、長く続いてきた差別があっての逆差別だからな~。まず、どうにかして差別をなくす努力をしろよ。って、話だろ。違うかい。ソコを放ったらかしにしたままで、逆差別などと、簡単に口にすべきではないのだろうな」
唐突感丸出しで問うてみたにもかかわらず、あまりにもスルッと返ってきたものだから、少々面喰らう。
「でだ、その、逆差別。はたして、差別なのか。それとも、過渡期特有の、差別を是正するための致し方ない措置なのか。ソコのところが肝(キモ)だな、きっと」
過渡期特有の、致し方ない措置、か~。
ある大学の先生の、ある言葉を、ふと、思い出す。
「ある大学の先生が、人種問題やLGBTQ 問題があるのではなく、ただソコに『差別』があるだけだ、みたいなコトを宣っておられて。もちろん、当然のごとく、予想通り、言葉尻だけを捉えられてバッシングもされていたようなのですが、私は、妙に腑に落ちたのです。たしかに、もし、この世に『差別』がなかったら、人種も性別もナニもカも、関係なく、ソレゾレがソレゾレとして力むこともなく普通に、生きていくことができていたような気がして」
「そりゃそうだ。差別がなかったら、その逆差別という言葉もこの世に生まれてなかっただろうから」
あらためて、あらためてこの世の中の、ほとんどの問題の元凶は、この「差別」ってヤツなんだ、と、強く、強く思う。
「だけど、差別のしつこさは、実にハンパない。それゆえ、ズ~ッと過渡期のままだ。だから、だからこその『アファーマティブアクション』というわけだ」
「ア、アファーマティブアクション、ですか」
「そう、積極的差別是正措置」
あ、あ~。
この世から、差別をなくそうとする長い長い過渡期、ゆえの、アファーマティブアクション、と、いうことか。
「コレまでの歴史的背景を無視してしまうと、どうしても、おもわず『逆差別』と罵りたくなりがちだ。というか、そもそもアファーマティブアクションは、そうした宿命を背負わされている、と、言ってもいい」
逆差別と罵られる宿命を、背負わされている?
な、なるほど。背負わされていても、退(ヒ)けないことは退けない、ということなのだろう。
「差別は、絶対に、この世から、ナニがナンでもなくさなければならない。にもかかわらず、なくならない。だから、逆差別と罵られようが、喚かれようが、力業(ワザ)で是正を図る。そうでもしなければ、おそらく、トンでもなく堅牢な差別の塔は、ビクともしないということだ」
(つづく)