ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.606

はしご酒(Aくんのアトリエ) その四十七

「タマシイ ト イノチ ト カゾク ト センソウ ト ケンリョク ト ゲイジュツ ト」①

 そのタイムスリップの最終コーナーあたりにある、短いトンネルを抜けるや否やAくんは、突然、ポソリと独り言つように、口を開く。

 「いいとか、わるいとか、などという、二つのうちのどっち、的な、そんな単純な問題じゃないんだ」

 またまたナンのことやら、ではあるけれど、たしかにこの世の中、いいね、よくないね、みたいな、そんな感じに白黒を、ハッキリとつけたがる傾向にある、という点に関しては、私も、同感である。

 「グレイゾーンもまた真なり、という話ですね」、と、少なからず自信ありげに、私。

 う~ん、と、ほんの少し唸ったあと、「ちょっと違うかな」、と、ソコについてはキッチリと否定した上でAくんは、随分と昔の、ある老人との出会いについて、ユルリと語り始める。

 「僕が学校の先生に成り立ての頃、マグロの頬(ホホ)肉のソテーとテールスープ仕立てのおでんが最高に美味(ウマ)かった、ある場末の小さな居酒屋の、そのカウンターで、それはそれは底知れぬナニかを秘めたように見える、そんな雰囲気の、かなりのお年寄りと、たまたま席が隣になったことから、そのドラマの幕は上がる」

 おっ、いい感じのプロローグ。底知れぬナニかを秘めた、などという老人と、たまたま居酒屋で出くわすなどということは、そうそうあることではない。

 「かなりのお年寄りなのですか」

 「そう。いつ死んでも仕方ないかな、と、100人いたら99人までは思うであろう、ぐらいの、かなりのお年寄りだ」

 「なにやら、ものすごいですね」

 「そう、そうなんだ。その、ものすごいお年寄りが、本当に、ものすごいお年寄りであったものだから、いまでも、鮮烈に覚えている、というわけだ」

(つづく)