ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.608

はしご酒(Aくんのアトリエ) その四十九

「タマシイ ト イノチ ト カゾク ト センソウ ト ケンリョク ト ゲイジュツ ト」③

 「かなりの年齢だけに、どうしても、あの、戦争中の話が多かったりするのだけれど、怪しいものも結構あったりする」

 「怪しいもの、ですか。たとえば?」

 「たとえば、随分と離れたところから、アメリカ兵に、バーンと撃たれてしまった、とか」

 「えっ。それってタイヘンなことじゃないですか。その、どこが怪しいのですか」

 「彼が言うには、コチラに向かって勢いよく飛んできたまでは良かったが、その鉄砲の弾(タマ)も、さすがに、あまりにも距離がありすぎたために、不本意ながら目の前で失速。そこを、この右手でムギュッと掴んでやったんだよ、なんて言いながら、そのときの掌(テノヒラ)の火傷痕を見せてくれたりするわけよ」

 「掴めたかもしれないじゃないですか。火傷の痕も見せてくれたわけでしょ」

 「火傷の痕らしきものは、あるにはあったけれど、掴めんだろ、普通。でもね、戦後、奥の奥にしまい込んだ魂を、呼び戻すのに、随分と時間がかかったという話だけは、いまでも心に響いたまま残っている」

 「魂をしまい込まなければならないようなナニかがあった、ということですか」

 「あの戦争が、そのお年寄りの魂を、奥の奥にしまい込ませた、ってことだろうな」

 「戦争が、魂を、ですか」

 「そう。実際に、彼の作品を見たわけじゃないから、そのほとんどは、ナゾのベールに包まれたままなんだけれど、でも、魂をしまい込んで、封印して、家族の命のために描き続けた、という、その話からだけは、怪しさは、コレっぽっちも感じられなかった」

 どうやら、その「ものすごいお年寄り」の正体は、あの戦争に翻弄された、ナゾの絵描きさん、で、あったようだ。

 さらに、止めどないほどズンズンと、興味が、幾層にも重なったミルフィーユの食べ放題と思えてしまうほど、湧きに湧きまくってくる。(つづく)