ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.173

はしご酒(3軒目) その弐

「チョットシタ テンゴク ヘノ カイダン」②

 蝶ネクタイと黒いベストがあまりにも似合いすぎている寡黙なバーテンダーが、一人で切り盛りするその店は、沖縄あたりでよく見かけるような昭和レトロ感満載の古びたビルの中に、ヒッソリと、ある。

 明るすぎず、暗すぎず、ちょうど良い塩梅の明るさの店内は狭く、6人も座れば、かなり隣人を意識せざるを得ないカウンター席があるだけである。しかしながら、シッカリと磨かれた、その小振りながらも重厚なカウンターに、なぜか惹かれてしまうのだ。

 先客などいないだろう、と、勝手に思い込んでいた。だからだろう、「こんばんは」と声を掛けられるまで、全く気付かなかった。

 思い込みが大切なものを見えづらくする、見えなくする、ということは、よくあることで、驚くようなことではないのかもしれないけれど、最初はピントが合わず、ボヤけていたその先客の顔が、少しずつ鮮明になるにつれて、その驚きと同時に、その、ちょっとした天国が、ほんの少し、より現実の世界に手繰(タグ)り寄せられたような気がして、妙に、気分が、ホワンと高揚する。

 「なぜ、こんなところに!?」、と、声が裏返るのをこらえながら、尋ねる。

 「なぜって、我が家の御用達のお店だから」、と、少々呆れ気味の表情を浮かべる・・・、Zさん。

 そう、そうだった。

 私の知人であるZさんの旦那さんに、「いいショットバーがあるんだよ」と案内されたのが、この店であったのだ。

 今、思い出した。

 あらためて、丁重に挨拶をする。

 さらにピントも合い、視野も広がり、Zさんの萌葱(モエギ)色の無地の着物姿が、露(アラ)わになる。

 「ご主人は?」

 「亡くなったの」 

 「えっ!?」

 「うそ」

 まさに、開口一番からパワー全開のZさん、で、ある。

(つづく)