はしご酒(3軒目) その五十六
「セイギ ノ フセイ ト アクマ ノ フセイ」
こうしてZさんやZ’さんと話していて、あらためて、ツクヅク思うコトがある。ソレは、この世の中、ナニが正しくて正しくないのか、が、わかりにくいな~、というコトである。
ホント、マジ、わかりにくい。
正しいコトがわかりにくい、ということは、正しくないコトもわかりにくい、ということであるだけに、またまた気持ちが、ズシリズシリと重たくなっていく。
ナゼ、ナゼわかりにくいのか。
おそらく、その基準が、「神」なるモノがつくりたもうたような絶対的な「真理」なのではなく、とりあえず、「人」が、そのときのニーズやら都合やらに合わせてつくっただけの、たとえば、条例や法律のようなモノだから、なのかもしれない。
そもそも、そもそも完璧ではない「人」なるモノが、いくらガンバってみたところで、完璧なるモノなどつくれるはずもなく、ひょっとしたら、不正の温床のような法律も、この世には・・・などと考えているうちに、なんとなく、ズブリズブリと虚しくなっていき始めたものだから、大慌てで脳ミソをストップさせる。
脳ミソが、ネガティブな方向に動き始めたら、とりあえず、無理矢理にでも、一旦、ストップさせてしまうことが望ましいのである。
ココで、大きく深呼吸。
ふ~。
正しいコトとは、正しくないコトとは、いったい、ナンなのか。正しくないコトは、ナニがナンでも絶対に、正しくなんてないのだろうか。
この国の、この星の、そこかしこで、真っ当な正義のために、真っ当ではない正義の皮を被ったトンでもない不正と闘うシモジモであるエラクナイ一般ピーポーたちを目にするにつけ、不正には、「正義」の不正と「悪魔」の不正があるのでは、と、ズンズンと思えてくる。
そう、正義の不正と、悪魔の不正。
巨大な権力を握るシモジモではないおエライ、ピーポーたちが、「正義」を口にする度に、その思いは、より確信に近付いていく。(つづく)