ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.631

はしご酒(Aくんのアトリエ) その七十二

「ブタ ヨリモ トリ?」

 「少ししかないんだけれど、これ、地鶏の炭火焼き」、と、にこやかにそう言いながら、奥から戻ってきたAくん。

 炭火焼きっぽい香ばしい香りが立ち込める。

 そして、「先ほどの、ちりめん山椒の話題で、もうスッカリちりめん山椒の口になってしまったものだから」、と、ソレが盛られた、湯気がいい感じの小皿の上空から、パラリパラリと、普通のものより少し上等そうな山椒の粉をふりかける。

 見事な香りのマリアージュ、素晴らしい。

 「ま、レトルトなんだけどね。しかも、いただきモノ」

 どちらかというと牛や豚よりも鶏肉が好物の私は、目の前の一皿に興味津々。おもむろに箸を伸ばす。

 「炭火焼き感、ハンパないですね。山椒の爽やかさもいいな~」

 それは良かった、と、呟きつつAくんも、一つ口に放り込む。

 「イケるね。この手のモノにしては珍しく、キュキュッと歯応えもあるし」

 ところが、さらにAくん、「でもね、豚よりも鶏が厄介だということもあるんだよな」、と、突然のギアチェンジ。その表情も少し曇る。

 んっ?、豚よりも鶏が厄介?。

 「それって、どういう意味なのですか」

 「この国に貴重な労働力を提供してくれているある外国人女性の、ある悲痛な訴えに、なるほど、と、深く思ったわけ」

 「その訴えとは?」

 「ナニかトンでもないことが起こってしまっている最中に、そのドサクサに紛れて、強大な権力が、人権や平等や平和といったものを足蹴にしようとしているとき、私たちがナンの声もあげることなく容認してしまえば、もうトリ返しがつかなくなる、みたいな、そんな内容の訴えだったと思う」

 トリ返しがつかなくなる、か~。

 トンでもないことが起こってしまって、皆が、ホントにタイヘンなそのときに、トリ返しのつかないことをコソコソと姑息に、あるいは豪腕でガンガンと力任せに押し通す、などということが許されるとは、到底、思えない。にもかかわらず、そんな、絶対にあってはならない恐ろしいまでの不気味さが、この星のそこかしこで、大きく膨らみ始めている、ということなのだろう。

 するとAくん、話題が重くなり過ぎたとでも思ったのだろうか、低く垂れ込み出していたドンよりとした雲を払うかのように、再びギアチェンジを敢行する。

 「トンでもないときだからこそ、トリ返しがつかない、という、そんな、トンよりもトリだけに、チキンと、いや、キチンと、しないといけませんな・・・、おアトがよろしいようで」

 わっ、出ました、出てしまいました、恐れを知らないAくんのB級親父ギャグ。

 またまた、あの、キモノ美人のZさんに、前頭葉の老化を指摘されてしまいそうだ。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.630

はしご酒(Aくんのアトリエ) その七十一

「ヘンケン ヤ ムシ サマザマナ ジンケンシンガイ」

 語り疲れたのか、Aくん、やにわに奥へ、と、姿を消す。

 手もち無沙汰で、ナニ気に周りを見渡していると、小さな本棚のようなところにスコンと置かれた一冊の本が目に入る。

 どうやら、アジアや南アメリカなどで逞(タクマ)しく生きる先住民たちの写真集であるようだ。

 その写真集の装丁(ソウテイ)が、あまりにもステキであったので、心ときめき、パラパラとページをめくってみる。その、キラキラとした写真たちに、スッカリ見入ってしまった私は、その写真集の中の、遥か遠く離れた先住民たちに思いを馳せる。

 私は思うのである。

 この星のそこかしこには、圧倒的に弱い立場である先住民たちがいる。

 独自の文化や宗教、習慣。ソコには、大切にされなければならない、尊重されなければならない、濃厚な価値観が、毅然と存在する。にもかかわらず、その価値観を巨大な力が根こそぎ一掃しようとしてきた、というこの事実は、そのまま、この星の、開発と発展の歴史と言い換えられるようにも思える。

 あるドキュメンタリー番組での、先住民である一人の女性の、「偏見や無視、様々な人権侵害」という言葉のその重たさを、私たちは、もう一度、シッカリと受け止め、噛み締めるる必要がありそうだ。

 歪んだ正義の名の下(モト)に、強者が弱者を駆逐するという構図が、この地球という、神が与え賜うた青き奇跡の星の、スタンダードになってはいけないのである。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.629

はしご酒(Aくんのアトリエ) その七十

「エークン ユメヲミル ユメヲカタル」⑧

 「命懸けで一戦交えることも覚悟した、戦闘モードのAくんのその前に、突如現れた驚くほど普通のヒゲ男が、ごく普通にフランス語で語り掛けてくる。クォ~ンニチハ~、ドゥアイジォ~ブデスカ~。ほとんど日本語のようなフランス語なので充分に聞き取れる。手には筆とパレット。何者だ、この普通のヒゲ男は。すると、元アリタリア航空の老パイロット、満面の笑みを浮かべて、チャ~オ、ゴ~ギャ~ン、オヒサシブリジャノ~、ブオッホ。一瞬、んっ?、という表情を見せたそのヒゲ男、3倍ほどに大きく両目を見開いて、ワ~オッ、マジッシュカ~、ヴォ~ンジュ~。激しく抱擁し合う二人の後期高齢者。そんな彼らを、ただ呆然と眺めることしかできずに立ち尽くす、Aくん・・・」

 よしっ、よしっ。

 期待感が膨らみ過ぎたあたりを見計らって、一旦ドスンと落としつつの次へのあらたなる展開、という、下げて上げるV字回復型手法だ。やるよね~、さすが、Aくんの夢である。そんじょそこらの夢とはワケが違う。

 「ココで、目が覚めたわけ。ココから先が気になって気になって、慌てて二度寝してみたのだけれど、パッチリと目が覚めてしまって・・・、どうなると思う?、この後期高齢者トリオ」

 よしっ、よし、よ、・・・え、えっ、ええっ!?

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 「どこまでもアクティブシニアな後期高齢者トリオで、いついつまでも仲良く暮らされたんじゃないんですか、その南海の島、多分、タヒチで。と、思いますけどね」、と、どうにか気を取り直した私は、少々「いけず」な調子で答える。もちろん言わずもがな私の中のワクワク感は、あまりに唐突なAくんの夢の幕引きによって、いつのまにかシュンッと蒸発して跡形もなく消え失せていた。

 「あっ、そうそう」

 「まだナニかあるのですか」

 「よくよく思い出してみると、登場人物のその顔が、皆、僕の顔だったんだよな~」 

 条件反射のように、あの、キュートな娘さんの顔の上にAくんの顔を貼り付けてみる。

 Aくんには申し訳ないが、残念な幕引きに気持ち悪さまで加わって、おもわず口直しの一杯をグビリとやる。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.628

はしご酒(Aくんのアトリエ) その六十九

「エークン ユメヲミル ユメヲカタル」⑦

 Aくんの夢の中のもうひとりのAくんは、持ち前の体力と行動力と、失敗しがちな判断力とで、とうとう、ふたりの後期高齢者によるサスペンスフルな冒険飛行アドベンチャーに足を踏み入れたのである。

 「水上機セスナは初めてで?、ブオッホ。もちろん、初めてだけど、・・・先ほどの娘さんは、お孫さん?。いいや、バイトの女の子、いい娘(コ)じゃろ、ブオッホ。バイトの娘か~、てっきりお孫さんかと。ワシ、独身貴族だから。独身貴族?、すでに死語なのか、このところトンと聞かなくなった。ん?、トンと聞かなくなった、も、このところトンと聞かなくなったな。コイツもすでに死語か?。この世の中、死語だらけだな」

 ん~ん~ん~ん~。

 悲しいかな後期高齢者同士。死語三昧なのは当然至極のことなのかもしれない。この今を生きる後期高齢者は、秒速の時代の流れに翻弄され、そして、置いてけぼりにされがちなのである。

 「一転俄に掻き曇り、バリバリバリが、ババラババラと不穏な音に変わるや否や、グワングワン、バチバチ、ピカッ、バシッ、バキバキ、プスプス、と、鬼気迫る音音音のオンパレードだ。だから言わないことではない、これは死ぬな、間違いなく死ぬ。あっ、この原稿、届けないと、マズいな、マズい。お客さん、不時着しますから、頭下げていて、ブオッホ、くださいや。頭下げていてと言われてもな~、参ったな~・・・わ、わ、わ、わ、わ~、ガシャガシャガシャ、バウンバウンバウン、パラランパララン、プッシュ~・・・。ブオッホ、無事、着陸できましたぜ、お客さん」

 ん~ん~ん~ん~ん~。

 きた、きた、きた~、王道アドベンチャー。ワクワク感もアツアツからアチアチに、もう沸騰寸前だ。

 「まだまだ腕は鈍っていない、っちゅうことですな、ブオッホッホッホ~。エゲツない強風にドコまで流されてしまったのだろう。機内から出ると、ソコはイヤになるほどの高温多湿なジャングル。聞いたことがないような獣たちの鳴き声声声の洪水だ。おいおいおいおい、ドコなんだ、ココは。水、飲みますかい?。そんなものいらない、あっ、そうだ、ケータイ、ケータイ、わっ、忘れた、ナニをやっているんだ、俺は。すると、そのジャングルの、絡み合うようにして群生する熱帯植物の茎やら蔓(ツル)やら葉っぱやらを、ガサガサガサと掻き分けるようにして」

 よしっ。

 いよいよ、だ。体力と腕力が自慢の後期高齢者の腕の見せどころ。ここから一気に、まだ見ぬ強敵との華麗なるスリリングなアクションを、展開していくのだろうな、きっと。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.627

はしご酒(Aくんのアトリエ) その六十八

「エークン ユメヲミル ユメヲカタル」⑥

 「おじいちゃ~ん、お客さん。ほ~い、ブオッホ。よろしくね、おじいちゃん。任せておけい、ブオッホ。ま、ま、ま、マジかよ、よろしくね、おじいちゃん、だと~。おじいちゃんは、元アリタリア航空の敏腕パイロットですから、大丈夫ですよ、ご心配なく。アリタリアか~、若い頃に乗ったアリタリアの小振りの飛行機の操縦室のそのドアが、飛行中ず~っと開いたままだったからな~、ま、操縦室のドコまでもイタリアンで和やかな雰囲気がコチラまで伝わってきて、それはそれで良かったのだけれど、なんとなく複雑ではある。バラバラバラバラ・・・。到底、湧き上がる不安感を払拭できそうにないプロペラの回転音が、あたりに響き渡る。お客さん、ブオッホ、あなたの水上機セスナ、愛の仕事人スピードキングへようこそ、ブオッホ」

 ん~ん~ん~。

 待ってました、怪しい老人。Aくんの夢に、キュートな娘さんは似合わない。

 「スカイランデブーなひとときをお楽しみくださいね、行ってらっしゃ~い。バラバラバラバラが1000倍ぐらいに激しくなったと思った途端に、アッと言う間にそのキュートな娘さんもプレハブ小屋も見えなくなってしまった。スカイランデブーなひとときを、だと~、ナニが、ドコが、スカイランデブーなんだ。しかも、老パイロットの、マナーもヘチマもあったもんじゃないくわえタバコのその煙が、煙くて煙くて。あまりに煙いので、手動のハンドルをグルリグルリと回して、ほんの少しだけ窓を開ける。その隙間から機内に飛び込んできた大空の風は、下界のソレよりもウンとキリリと爽やかで、一瞬にしてタバコの煙まみれの機内を浄化してくれた」

(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.626

はしご酒(Aくんのアトリエ) その六十七

「エークン ユメヲミル ユメヲカタル」⑤

 「原稿が入っている紙袋に印刷されている出版社の住所を、そのキュートな娘さんに見せながら、さすがにココへは行けないでしょ、と、とりあえず言ってみる」

 たしかに、水上機セスナだけに、街中には着陸できないだろう。

 「あ~、大丈夫ですよ。という意外な返事に、だ、大丈夫なんですか、と、驚くAくん。でも、お高いんでしょ、と、もう一つのハードルについても問うてみる。大胆なオキテ破りの規制緩和サマサマの、国による経済刺激政策の目玉、Go To セスナキャンペーン中ですから、一般の交通機関の運賃と、ほとんどかわりませんよ。どこかで聞いたような聞いてないような、そんな政策だけれど、でも、コレがあるので、やっぱり電車にしようかと、と、言いつつ、振替輸送のチケットを彼女に見せる。あ~、じゃ、振替輸送ということで無料ですね。む、む、無料ですか。はい、国の目玉政策ですから」

 ん~。

 タイムリーな政治ネタも、さり気なく交えてくるあたりも、憎い手法だ。

 「無料か~。こんなキュートな娘さんとの、しかも無料のスカイランデブー。一気に気持ちがプルプルと動き出したAくん、結局、そんなこんなで、じゃ、お願いしようかな、などと宣いつつ同意してしまう。ただ、これほどイイことずくめの振替輸送なのに、俺以外には誰も乗ろうとしないのは・・・、と、ブツブツ独り言ちながら周りを見渡すと、もう誰も歩いていない。この娘さんと話しているうちに復旧したのかもしれないな」

 ん~ん~。

 ワクワク感が、もう一回りほどアツアツを増す。(つづく)

ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.625

はしご酒(Aくんのアトリエ) その六十六

「エークン ユメヲミル ユメヲカタル」④

 ナニも考えずにタラリタラリと、人の流れに身を任せて歩いていると、大きな川が見えてくる。こんなところにこんな大きな川があったなんて知らなかったな、と、少し驚くAくん。驚きつつも、さらに川沿いの道を何気にタラリタラリと歩いていく。すると、古びた木製の立て看板が目に入る。

 おおおおっ。

 あらたなる展開の予感。

 「なになに・・・、あなたのスカイフレンド、水上機セスナ?、ピンチはチャンス、愛の仕事人、大空のスピードキング?。キャッチコピーもなんとなく古めかしい。かなり近付くまで、プレハブ小屋の影になって見えなかった、その、愛の仕事人なる小振りのスピードキングが、今か今かとその出番を静かに待つようにして水上にプカリプカリと浮かんでいる」

 おおおおおっ。

 そして、どこまでも不気味で怪しい老人が、「旦那~、乗っていかれませんかい?」、と、しゃがれた声で話し掛けてきたりするんだろうな。

 「乗られます?、と、想定外の可愛い声がAくんの耳に飛び込んでくる。ビックリしてソチラの方に目をやると、ほとんど女子高生ぐらいにしか見えないキュートな娘さんが、ソコに立っていたものだから、さらに驚いてしまう。パキパキと角張った『スピードキング』というショッキングピンク色のロゴが派手にプリントされた銀色のジャンパー、が、ヤケに眩しい」

 んっ?

 キュートな娘さん、とは。読み手の、聞き手の、私の、推測を意図的に絶妙に外してくる肩透かし手法か。でも、私のワクワク感は、そんな肩透かしごときに怯むことなく、アツアツだ。(つづく)