はしご酒(Aくんのアトリエ) その七十二
「ブタ ヨリモ トリ?」
「少ししかないんだけれど、これ、地鶏の炭火焼き」、と、にこやかにそう言いながら、奥から戻ってきたAくん。
炭火焼きっぽい香ばしい香りが立ち込める。
そして、「先ほどの、ちりめん山椒の話題で、もうスッカリちりめん山椒の口になってしまったものだから」、と、ソレが盛られた、湯気がいい感じの小皿の上空から、パラリパラリと、普通のものより少し上等そうな山椒の粉をふりかける。
見事な香りのマリアージュ、素晴らしい。
「ま、レトルトなんだけどね。しかも、いただきモノ」
どちらかというと牛や豚よりも鶏肉が好物の私は、目の前の一皿に興味津々。おもむろに箸を伸ばす。
「炭火焼き感、ハンパないですね。山椒の爽やかさもいいな~」
それは良かった、と、呟きつつAくんも、一つ口に放り込む。
「イケるね。この手のモノにしては珍しく、キュキュッと歯応えもあるし」
ところが、さらにAくん、「でもね、豚よりも鶏が厄介だということもあるんだよな」、と、突然のギアチェンジ。その表情も少し曇る。
んっ?、豚よりも鶏が厄介?。
「それって、どういう意味なのですか」
「この国に貴重な労働力を提供してくれているある外国人女性の、ある悲痛な訴えに、なるほど、と、深く思ったわけ」
「その訴えとは?」
「ナニかトンでもないことが起こってしまっている最中に、そのドサクサに紛れて、強大な権力が、人権や平等や平和といったものを足蹴にしようとしているとき、私たちがナンの声もあげることなく容認してしまえば、もうトリ返しがつかなくなる、みたいな、そんな内容の訴えだったと思う」
トリ返しがつかなくなる、か~。
トンでもないことが起こってしまって、皆が、ホントにタイヘンなそのときに、トリ返しのつかないことをコソコソと姑息に、あるいは豪腕でガンガンと力任せに押し通す、などということが許されるとは、到底、思えない。にもかかわらず、そんな、絶対にあってはならない恐ろしいまでの不気味さが、この星のそこかしこで、大きく膨らみ始めている、ということなのだろう。
するとAくん、話題が重くなり過ぎたとでも思ったのだろうか、低く垂れ込み出していたドンよりとした雲を払うかのように、再びギアチェンジを敢行する。
「トンでもないときだからこそ、トリ返しがつかない、という、そんな、トンよりもトリだけに、チキンと、いや、キチンと、しないといけませんな・・・、おアトがよろしいようで」
わっ、出ました、出てしまいました、恐れを知らないAくんのB級親父ギャグ。
またまた、あの、キモノ美人のZさんに、前頭葉の老化を指摘されてしまいそうだ。(つづく)