ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.644

はしご酒(Aくんのアトリエ) その八十五

「ゲンバダロ ゲンバ」

 現場だろ現場、とAくん。どの現場も、ごく一部の、どうしようもない愚か者は別として、ある意味、命を懸けてやっているんだ、と、いつになく、というか、いつも以上にかなり熱い。

 「ひょっとして、それもまた、優位、劣位、ですか」、と、勘ぐる私。

 「あってはいけないことだけれど、管理する側が、勝ち組。される側が、負け組。と、本気で思っている人たちが、残念ながら、いるってことだな」

 勝ち組、負け組、か~。

 以前、どこかの国のシモジモじゃないエライ人が、臆面もなく、そんな、勝ち組負け組理論をぶちまけていたことを思い出す。その、勝ち組負け組という言葉が、いま再び勢いを盛り返してきたような気がしたものだから、ナニやらズンと気持ちが重くなる。

 「どのような職業であったとしても、組織の末端であり最前線である現場が、イキイキと、ノビノビと、ルンルンと、エネルギッシュにアグレッシブであってこその、この国の、この星の、あるべき組織の姿だろ、と、僕は思っている」

 「にもかかわらず、そうした現場を、万が一にも負け組などと、軽んじ、蔑(サゲス)むなどということが罷(マカ)り通るとするなら、心底、絶望的な気分にさえなりますよね」

 「そもそも、出世、というものを、勝ち組、と、考えてしまっていること自体、大いなる誤解であるわけだ」

 「違うのですか」

 「違うね、全くもって違う。そもそも出世とは、煩悩からの解脱を意味する言葉。つまり、そういった、勝ちとか負けとかから解放されたその先にあるものなんだ」

 いつのまにか、真逆のものに姿かたちを変えてしまった、ということなのだろうか。

 「出世って、どちらかというと、むしろ、煩悩が結実した塊(カタマリ)、といったイメージですよね」

 「本来あるべき姿の真っ当な出世を成し遂げ、煩悩から解脱した者だからこそ、現場の隅々まで見渡すことも、一人ひとりの心の有りようを理解することも、いま、なすべきことを行うことも、できるってもんだろ」

 なるほど。

 Aくんが宣う通り、そうでなければ、最前線の現場が、イキイキ、ノビノビ、ルンルン、であることなど、あり得るわけがない、と、私も思う。(つづく)