ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.958

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と八十九

「キクチカラ」②

 ようやくAくん、ガラスの器に氷を幾つか入れて戻ってくる。ナニやら、黒っぽいモノがコロンコロンとのっかった小皿も一緒に。

 ん?

 「なんですか、そのコロンコロンとした黒っぽいモノは」

 「椎茸。間引き椎茸、の、佃煮。可愛いだろ、小さくて。でも、大人の味なんだよ、コレが。ま、ちょっと摘(ツマ)んでみてよ」

 一気に、一気に興味が湧き上がる。

 我慢ができなくなり、指で摘んで口の中に放り込む。

 うわっ。

 「甘辛くて、上品で」

 「蜂蜜を使っているみたいなんだよね」

 あ~。

 「いいですね。上品なのにコクがある甘味の、そのあとから爽やかな山椒の香りがフワッと」

 「そうそうそうそう、ソコが大人の味ね」

 「小さいからか、凝縮感も食感もシッカリとしていて」

 「小さいからって、間引きだからって、ナメんなよ、って感じだろ」

 Aくんが注いでくれた例の芋焼酎を少し口に含む。サクランボもいい感じではあったけれど、やはり、アテ界の王道、椎茸の佃煮には敵(カナ)わない。見事なマリアージュである。

 するとAくん、「漢字は違うけれど、利(キ)き酒ってのがあるだろ」、と。

 「ききざけ?」

 「そう、利き酒、利き酒の『利く』。コレって、舌で味わうだけでなく、目も、鼻も、できることならアテとの相性も、とにかくナニもカも総動員して行われるものだと思うんだよね。この感じ、もう一方の『聞く』と似ているとは思わないかい」

 「えっ?」

 「聞く。コレもまた、耳だけでなく、脳みそも、心も、魂も、総動員して行われるもの、行われるべきもの、って感じがするんだよな」

 「脳みそも、心も、魂も、ですか」

 「でないと、聞くフリはできても、マジで聞くなんてこと、できっこないだろ」

 できっこない、か~。

 ・・・

 総動員できない。

 総動員できるほどの、脳みそも心も魂もない。

 とりあえず、耳だけで聞く。聞いているフリをする。

 フリをしているつもりが、いつのまにか、マジで聞いていると思い込んでしまう。

 結局のところ、あの人たちが宣う「私には聞く力がある」も、その程度のものなのかもしれないな。

(つづく)