はしご酒(4軒目) その百と百と五十三
「オテガル ハ ダレニトッテモ オテガル シンドローム」③
大きめの、真ん丸な氷が鎮座する、底抜けに美しい江戸切子のグラスに、女将さんが注ぎ入れてくれたソレは、その香りも次のステージ一歩手前のような、そんな濃厚さが際立った但馬(タジマ)の酒である。
「ちょっとした古酒のような風情ですよね」、と私。
「そこまではいかないですけど、長い時間の圧縮感は、充分に感じられると思います」、と女将さん。
長い時間の圧縮感、か~。実に上手い表現だな、と、感心する。
すると、すっかり覚醒したAくん、よし、とばかりに、「お手軽は、誰にとってもお手軽」論を、ユルリと展開し始める。
「たとえば、押し込み強盗のような、そんなハイリスクな犯罪に、手を染めなくてもいい、ということだ」
「もっと効率的で、お手軽な、犯行の手口がある、ということですか」
「ソレが、ネットというもの、だと、僕は思っている」
そういえば、たしかに、ネットがらみの犯行が、巷を賑わしてはいる。しかも額が大きい。あれだけの額を押し込み強盗で、となると、そう容易くはないだろう。
ところが、ネットの中では、悪知恵を駆使さえすれば、滅法大きなお金を、スピーディーに、お手軽に、などということも、夢ではない、というから、恐ろしい。
「今の法律だと、押し込み強盗よりも、その罪も、軽いのではないか。直接、危害を加えるわけじゃないからな~、どうなんだろう」
さらに、恐ろしくなる。
「僕は、あまり好ましいとは思わないけれど、本当に、ソレを必要とするのなら、ソレがらみの、そうした犯行があるのだ、あり得るのだ、ということを前提とした、システムやら法やらを、事前に、緻密に、整備しておかないと、犯罪者の思うツボだろ」
事前に、緻密に、整備、か~。
少しタイプは違うが、原発事故の際にも、同じようなことを耳にした記憶がある。もう、想定外、は、聞き飽きたし、通用もしない。
なるほど。恐ろしさを通り越して、「もう少し、ちゃんとしてくれよ」、と、その矛先を、もう一方に向けたくなる。
「まさに、お手軽は誰にとってもお手軽シンドローム。つまり、お手軽は、犯罪者にとっても、目一杯、お手軽だということだ」
(つづく)