ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.1450

はしご酒(Aくんのアトリエ) その八百と八十一

「ケンリョクヲ コウシスルガワ ト サレルガワ ト」

 「権力を行使される側が、される側の切なる思いを代弁してくれる議員を国会に送り込んだつもりが、いつのまにか、その期待の国会議員が、スルリと、権力を行使する側になっちまう」、とAくん。

 それ、ありがち。

 「血税の使い道一つとってみても、ドッチを見て、ナニを重視しようとしているのか、が、甚だ疑問、という議員が、このところ、ヤタラと目につくような気がします」、と私。

 「権力を行使される側の『権利』を疎(ウト)ましく思い、どんな手を使ってでもその権利を奪いたくなる、権力者特有の心理というか、そもそもの資質というか、そんなのを身に纏(マト)った厄介な議員、たしかに目につくよな」

 ナゼ、あの人たちは、権力を握れば握るほど一般ピーポーたちの権利を疎ましく思うのだろう。ソレを特有の心理、資質、と、言ってしまえばそれまでだが、政治家の中には、権力を行使される側に寄り添い続けている方もおられるだけに、考えれば考えるほどワケがわからなくなる。

 「たとえば、あの人たちの悲願とも思える、あの、改憲にしても、スパイ防止法案にしても、そうした臭いがプンプンとしてきますよね」

 「してくるね~。よほど、権力を行使される側の権利が邪魔なんだろうな」

 権利が、邪魔、か~。

 ん、ん?、ま、まさか。

 「そうは思いたくありませんが、権力を行使される側もまた、権力を行使される側の権利を邪魔だと思い始めている、などということはないでしょうか」

 「あるかもしれねえぜ」

 や、やっぱり。

 「見事なまでの教育の成果」

 「きょ、教育の、成果、ですか」

 「そう。寡黙。同調。従順。孝行。みたいなものが、ナニよりも美徳だと刷り込まれてきた」

 寡黙。

 同調。

 従順。

 孝行。 

 が、美徳、か~。

 ・・・かも、かもしれないな。

(つづく)

 

 

追記

 非暴力の平和的デモを「ごっこ遊び」と断ずる某国会議員のその発言のその真意を、私ごときが知ることはできないけれど、政治家たちの著しい劣化を棚に上げて、一般ピーポーたちの切なる訴えを揶揄する、揶揄できてしまう、その神経、やはり、恐るべし。