はしご酒(Aくんのアトリエ) その八百と六十六
「イッチョウメイチバンチ モ ワタシジシンノ ヒガン モ」
「一丁目一番地がアチコチにあったり、一丁目一番地にアレコレ建っていたり、するものだから、郵便配達のお姉さんもお兄さんも御苦労なこった」、とAくん。
ん?、御苦労な、こった?
「純粋に『労(ネギラ)い』という意味で、マジ、そう思う」
またまた、またまた、またまた、ナンのことやら、サッパリ。
「そもそも一丁目一番地なんてものは、そう簡単には揺るぎようも崩れようもない、強固な、『信念』という土台の上にドーンと建てられた難攻不落の城郭みたいなもののはずだろ」
一丁目一番地は、難攻不落の、城郭?
ん~、ん、んあ、あっ、あ~。
ひょっとすると、ナゼか、ヤタラとコロコロ変わる、例の、あの、一丁目一番地?
「あの、あの人たちお得意の『一丁目一番地』のコトですか」
「そう。あの人たちお得意の、あの、一丁目一番地のコトだ」
やっぱり。
Aくんのその指摘通り、あの人たちが宣うようなそんなコロコロの「一丁目一番地」だとしたら、ソコは、郵便配達員の方々にとっては、紛れもなく、迷惑極まりないトンでもスポットであるに違いないだろう。素直にそう思う。
「ソレって、もう一方の『あの人』の、あの、『悲願』とソックリだよな」
ヒガン?
「お彼岸とちゃいまっせ~」
お彼岸とちゃいま?、あっ、あ~、悲願、悲願か。そりゃ、そうだろうな。だけど、その悲願が、どう、ソックリなのだろう。
「『消費減税は私の、私自身の悲願でありました』ってナンなんだよ。そんなに悲願だったのなら、数にモノを言わせて、もちろん野党も巻き込んで、トットとやっちまえよ、ってな」
そんな、おそらく、心にもない戯言(ザレゴト)を宣える、宣えてしまう、もう一方の、あの人?
「トにもカクにも、ドチラも、己都合の私利私欲というドロドロの土台の上に建つハリボテ城郭」
ハリボテ城郭?、な、なるほど、なるほどな。たしかにソックリかもしれない。
「な、だけに、『一丁目一番地』も『私自身の悲願』も、light(ライト)で cheap(チープ)なのは致し方ねえか」
致し方ねえか、か~。
あの人たちの考え方ひとつで、行動ひとつで、「致し方なくない」に変わりそうなものだけれど。
「ただし」
ん?
「その『致し方ねえか』のその先には、必ず、heavy(ヘヴィー)で life-threatening(ライフスレタニング)な悪夢の奈落がパックリと大きな口を開けて待ち構えている、ということだ」
ん~。
ライフスレタニングの意味は、ちょっとわからないが、あの人たちは、待ち構えている悪夢の奈落さえも「致し方ない」と、平然と、宣うのだろうか。(つづく)