はしご酒(Aくんのアトリエ) その八百と六十四
「シュウトメ ノ ギャクシュウ?」
「この『橋田壽賀子』系ドラマは、もちろん、このままスンナリと幕が引かれる。なんてことにはならない」
は、橋田壽賀子!?
スリラーものかヤクザものかと思っていたら、まさかの、渡る世間は鬼ばかり、だったとは。
「姑(シュウトメ)の逆襲」
「姑の、逆襲、ですか」
「そう。姑への手の込んだ復讐、に、対する、海千山千の姑の逆襲である『第二幕』、の、その幕が、スルスルと上がる」
第二幕?、第二幕、か~。
あの、♪タタラタラタラタ~タの名曲が天上から軽やかに舞い降りてくる。ココにきて、いろんなモノが次々に舞い降りてくるものだから、天上界も、きっと、妙に落ち着きなく騒(ザワ)ついているのだろう。などと思ったりする。
「姑は、どうやって元嫁に逆襲するのですか」、と私。
すると、一瞬、ニヤッとホクソ笑んだかと思うと、Aくん、掌(テノヒラ)でテーブルの上をペシッと叩き、まるで講談師のようなノリで、熱く、その逆襲の手口を語り始めたのである。
「時は戦国、二千ナンチャラ年。元嫁によって追い出されかけた姑の、天下分け目の逆襲の火蓋が切って落とされたのでございます」
興味津々。
「傲慢、強引、隠蔽体質。ブレもするし嘘もつく。言うまでもなく、非を認めて謝罪する、なんてことも、まず、しない、姑。と、袂(タモト)を分かった元嫁の、起死回生の復讐劇に、姑は、姑息に方針転換。フェイクも絡ませつつ、涙も見せつつ、ひたすら情(ジョウ)に訴え掛けていく理屈抜きの浪花節戦術」
情に訴え掛けていく、か~。
けっして好ましいとは思えない、その戦術。とはいえ、このところ、そこかしこで見掛けがちだ。とくに政治の世界。とくに、選挙で。選挙演説で。
「数十年、寝る間も惜しんでお家(イエ)のために歯を食い縛り頑張って参りました。にもかかわらず、あの元嫁に、あの元嫁の新しい彼とやらに、私は、責められ、甚振(イタブ)られ、追い詰められ、追い出されそうになったのでございます」
うわ~、それそれ、まさに、それ。見事なまでの被害者気取りの泣き落とし戦法。
「こうなって参りますと、まんざら、この世も捨てたものではない。捨てる神あれば拾う神あり。情に絆(ホダ)され、『姑さんはナニも間違ってはいない。可哀想。虐(イジ)めるな』、と、ジワリジワリと空気が入れ替わって参ったのでございます」
ありがち。
事実を知らない、事実を知ろうとも思わない、むしろ、事実をフェイクと断じたい、世間は、いつだって、往々にして情に流されがちだからだ。
「すると、不思議なもので、圧倒的に優勢を誇っていたかのように思われていた元嫁も、新しい彼も、世間からの口撃の的となって、ボ~コボコ。気が付けば、もう、哀れになるほどにコッパ微塵。影も形もなくなって、ソコには、ただ、乾いた風だけが空しく吹いているだけという、物語。このへんで、読み切りとさせていただきます」
わかるような、わからないような、そんな「橋田壽賀子」系の講談ではあったけれど、おもわず拍手を送っていた私、なのでございます。(つづく)
追記
〆の第三幕は、おそらく、近々、皆さま方の目の前で繰り広げられる、かと。
毒をもって毒を制す。
毒もまた薬になる、場合も、なくはない。
そんな毒と毒の攻防。仁義なき戦い。を、ドッチもドッチと批判し、参戦する、第三勢力の動向も気になるところ。
さて、いかなる幕引きを迎えるのか。
ワクワクしつつ、ドキドキもイライラもキリキリもしつつ、乞うご期待。