はしご酒(Aくんのアトリエ) その八百と五十九
「カイサン トカ デナオシセンキョ トカ」
古今東西、こうした「普通」ではない権力者たちによる「やらかし」に、シモジモである、というか、シモジモ扱いされてきた、私たち一般ピーポーは、ずっと、振り回され続けてきたと言っても過言ではないだろう。
実に、実に迷惑な話なのである。
「戦争やらジェノサイドやらといったトンでもなくトンでもない『やらかし』ほどではないにせよ、たとえば、時折見掛ける大義なき衆院解散やら、意味不明の突然の辞職、に、伴う、出直し選挙やら、なども、ちょっとした『やらかし』以外のナニモノでもない、と、思えてならないのですが」、と私。
「コッチ側のコトなんかよりアッチ側のコトの方が、いや、コトだけが、気になって気になって仕方がないのだろうよ」、とAくん。
アッチ側のコト、だけ、か~。
要するに、党利党略、どころか、私利私欲、だということか。
「そういえば、とくに後者のドタバタに対しては、珍しく、各大手紙面も『姑息、党利党略』、『卑劣、身勝手』、『疑問、唐突』などと、結構手厳しいようだしな」
そうなんだ。
大衆やらメディアやらに甘やかされて、案の定、図に乗ってしまった、としか思えない政党であるだけに、少し意外な気がする。
「ただ」
ん?
「そんな『やらかし』であったとしても、己の、揺るぎない、確固たる信念、思想信条として支持する、なら、ま、致し方ないか、と、思えなくもない」
かな~。
Aくんには申し訳ないが、さすがに諸手を挙げて賛同というわけにはいかない。
「が」
ん?
「おそらく、実際のところは、そのほとんどの場合が、そんな確固たる思想信条なんかじゃなくて、その時のムードに、ただなんとなく、とか、面白そう、とか、ナニかやってくれそう、レベルの、そんな曖昧模糊とした『支持』なんじゃねえか、ってな」
そう、そういうことなのである。私が素直に賛同できなかったのは。
結局、私たち一般ピーポー、一人ひとりが、そうした「やらかし」にどう向き合っていくかで、組織の、この街の、この国の、この星の、未来が、未来像が、トンでもなく大きく変わっていく、ということなのだろう。(つづく)