はしご酒(Aくんのアトリエ) その八百と四十一
「シンボウエンリョ?」
「深謀遠慮(シンボウエンリョ)」
「えっ」
「遠謀深慮(エンボウシンリョ)ともいうらしいが」
ドチラも、初耳。
「どういう意味なのですか」
「ウンと先まで見通した、見据えた、策に策を重ねた謀(ハカリゴト)だな」
謀?
ソレって、いい意味なのか。
「誉め言葉ですか」
「さあ、どうだろう」
ん?
「ナンとも言えねえんだよな~」
なんとも言えない?
「たとえば、あの、Duchenne Smile(デュシェンヌ・スマイル)と言われる作り笑いではないホンモノの笑顔。も、とくにあの人たち、政治家が、妙に頻繁に見せるとなると、ソレは、やはり、我々が抱いている『謀』の負のイメージに、一気に、舵を切ってしまう」
デュ、デュシェンヌ、スマイル?
またまた初めて耳にする。
単語一つ一つの意味もよくわからないのに、深謀遠慮からの、謀、作り笑い、ホンモノの笑顔、に、至る話の流れもまた、ソレ以上に、全くもってナンのことやらサッパリ。
「とくにこの国において、女性の怒りは、強さは、一つ間違えると『女性特有のヒステリー』、『女だてらに』、『女のくせに』、みたいなことになってしまいがちだからな」
うわ~。
まさに、あの、ジェンダーバイアスってヤツだ。
「だから、戦略ツールとして、戦術として、『ホンモノの笑顔』で勝負に出るわけですか」
こうなると、もう、ナニがホンモノの笑顔でナニが作り笑いなのか、が、わからなくなってくる。
「長い年月をかけて男たちがつくり出した社会の歪みには、歪んだ笑顔で立ち向かわなければ勝ち目がないと踏んだのだろう」
なんということだ。
この社会で女性が勝ち上がるためには「ホンモノの笑顔」という作り笑いを戦略ツールとして、戦術として、使わざるを得ないのだとしたら、コレは、もう、悲劇以外のナニモノでもない。
「そんなモノが深謀遠慮の精神だとは、到底、思えないが、しかし、だからといって単純に、エラそうに、そうした女性を批判するのもまた、完璧に、ミソジニー、だよな」
(つづく)