はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と六十九
「ホウノ モトノ ビョウドウ?」
「あまり、いい例えではないと思うが」
と、珍しく謙虚に前置きした上で、Aくん、ユルリと。
「生徒が万引きしたのと担任が万引きしたのでは、その罪は、ドッチが重い?」
その前置き通り、たしかに、いい例えではなさそうだ。
「万引きは万引きでしょ。生徒がしようと学校の生徒がしようと、その重さ、ドチラも同じだと、というか、同じであるべきだと、思います」
と、それほど深く考えることなく、私、思い付くまま。
「お~。憲法第14条、法の下(モト)の平等ってヤツだな」
大層な。
とは思ったけれど、そう、法の下の平等、法の下の平等なのだ。法の下では、誰がしようが万引きは万引きなのである。
「だけれどもだ」
ん?
「その罪の深さは、同じ、というわけにはいかんだろ。そうは思わないかい」
その罪の深さ?
罪の、深さ、か~。
「発展途上である子どもたちがしでかした万引きと、発展途上である子どもたちの学びをアシストする立場である先生がしでかした万引きとを、同じ万引きと言い切るには、憲法第14条をもってしてもだ、どうしても無理がある」
無理がある、か~。
無理は、たしかにあるかもしれない、が。
「じゃ、担任と校長とだと、どうだ」
担任と、校長と?
「さらに、教育長とだと、知事とだと、文科大臣とだと、どうだ」
ん~。
とりあえず、中学生であった頃に丸暗記させられた第14条を、恥ずかしいぐらい容量が小さい私の脳内から無理やり引っ張り出す。
すべて、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
そう、社会的身分又は門地により、社会的関係において、差別されないのである。
「発展途上である子どもたちではなくて、皆、大人。担任であろうと校長であろうと教育長であろうと知事であろうと文科大臣であろうと、責任ある大人がしでかした万引きは、全て、同じ万引きだと思います」
と、言い放ってみせた、私、憲法に勇気付けられ、細やかながらも、それなりに、自信、フツフツと。
するとAくん、あたかも、そんな私の細やかな自信を打ち砕くかのように。
「責任ある大人のその責任って、その責任の大きさって、ドレもコレも、皆、本当に、同じかい?」
「えっ!?」
「大いなる権力を行使している側がしでかしたコトと、行使されている側がしでかしたコトとが、同じ、とは、どうしても思えないんだよな」
ん、ん~。
「そもそも憲法は、国家権力の愚かなる暴走を押さえ込むためにあるわけ。その観点からしてみても、第14条が言おうとしているのは、きっと、単なる上っ面だけの『平等』のコトなんかじゃなくて、間違っても、弱き者なら許されないのに強き者なら許される、みたいなコトだけは絶対にあってはならない、ということなんじゃねえのか、って」
ん、ん、ん~。
「どころか、むしろ、場合によっては弱き者なら目を瞑ることもあるかもしれないが、強き者ならナニがナンでも許さんぞ、ということなんじゃねえのか、って」
ん、ん、ん、ん~、な、な、なるほど。
「元々平等ではないのだ。元々平等ではない者たちの平等とは、まさに、そういうことなんかじゃねえのか、って、思うわけよ、僕は」
なるほどな。
(つづく)