はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と六十二
「シンジルモノハ スクワレル?」
すると。
ナニを思ったのか、Aくん、あたかもイエスかナニかが乗り移ったかのように、得意の唐突さで。
「Those who believe shall be saved」
ん?、ゾ~ズフ~、ビリ~ブ、シャルビ~セイブドゥ~?
「信じる者は救われる」
あ~。
無駄に発音が良すぎるのである。
「Those who believe will deceived」
ん?、ディシ~ブドゥ?
「信じる者は騙される」
あ、あ~。
「僕はね、間違いなく、信じる者は信じない者より『善人』だと思っている」
信じる者は、善人?
「善人だから騙される」
ん~。
と、なると、さしずめ、私なんかは『悪人』ということになるか。そう簡単には人を信じない。
「騙すよりは騙される側でありたい、などと宣われる方もおられるが、できることなら騙すことも騙されることもない自分でありたいよな」
善人ではない私は、当然のごとく、騙されても善人でありさえすればソレでいい、などとは、到底、思えず、Aくんの、その提案に、とりあえず、賛成。
「つまり、単なる善人ではダメだということですよね」
「ダメとまでは言わないが、コレだけ『騙す人』が溢れ返ってしまったこの時代、そんな『騙す人』のためにも『騙されない人』は必要なんじゃないかってな」
なるほど。
たしかに、誰も騙されなければ、この世に、騙す人など存在し得ない。
「善人が『騙す人』をこの世に生み落としているのだとしたら、やっぱり、君が言うように、単なる善人じゃ、ダメなのかもな」
ん、ん~。
とは言うものの、じゃ、単なる善人ではない善人とは、いったい、いかなる善人なのか。一気に難易度が高くなってきた。
「賢者、そう賢者」
「け、賢者、ですか」
「善人は、賢者でなければならない」
賢者、か~。
善人だけでも、メチャクチャ、ハードルが高いのに、ソコに『賢者たれ』まで加わるとなると、申し訳ないが、もう、私ごときでは、まず、無理。
脱「単なる善人」への道は、コトの外、滅法、茨(イバラ)の道であるようだ。(つづく)