はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と六十
「ユウズウムゲ? ユウズウムゲ!」
時折、私とAくんを「前頭葉の老化」呼ばわりする、あの、着物が大好きなZさんの旦那さん、Z’さん。の、名言。というか、ヤングマンたちへの熱きメッセージ、エール。が、ナゼか、今、再び、私の頭の中でブォンと。
「ソレでも、僕は、奇想天外に期待したい」
たとえ、組織の中で浮こうが、孤独感に苛(サイナ)まれようが、そんなコトなどお構いなしに、ゴーイング、マイ、奇想天外。残念ながら、どうしても、ヤヤもすると目立たないように目立たないように、自分を殺して殺して、無難に無難に、という感じになりがち、な、この国のこの社会であるだけに、「普通」を打ち破っていこうとするその姿勢は、リスクはあるものの、やはり、素晴らしいと思う。
おそらく。
仏教の教えの一つである「融通無碍(ユウズウムゲ)」もまた、奇想天外に、限りなく近いモノのように思える。
そう、融通、無碍。
この世には、私たち一人ひとりの伸びやかなる考え、行動、を、理不尽に阻害するモノなどナニもない。だから、ナニも気にしなくていい。あなたは、自由、自由自在だ。という、教えだと理解している。
もちろん、だからと言って、ナニをやってもいい、というわけではない。
たとえば、あの、実は大してエラくはないエライ人たち。ソコのところを上手い具合に都合良く解釈して、言いたい、やりたい、放題。まさか、とは思うが、ひょっとすると、コッソリと、融通無碍の「無碍」を似て非なる「無下」に書き換えてしまわれているのかもしれない。
そう、無碍、ならぬ、無下。
ちなみに、無碍は、立場とか、柵(シガラミ)とか、常識とか、固定概念とか、からの、脱却、解放。しかし、もう一方の「無下」は、他者を軽視、侮辱、見下す。つまり、見下して、自由自在に言いたい、やりたい、放題だということ。
不幸にも、巷に蔓延する「デマ」も「誹謗中傷」も、ソレらの拡散も、皆、まさに、コレ、融通無下。間違いない。最悪。(つづく)