はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と五十六
「ファン!」
恐怖と不安の商人、スケアモンガーも、充分すぎるほど恐るべしなのだけれど、もう一つ、以前から気になって仕方がないモノがある。
ソレが、ファン。
そう、ファン。
もちろん、ファンあっての、という側面も、大いにある。ナニがあっても応援してくれる、そんなファンのおかげで救われた。頑張れた。乗り切れた。ホント、ファンって有り難いよね。という話、何度も耳にしたことがある。
しかし。
この「ナニがあっても」には、トンでもない行動を引き起こしかねないという側面もあるのだ。
「『ザ・ファン』、って、アメリカ映画、ありましたよね」、と私。
「『The Fan』?。あ、あ~、たしか、トニー・スコットだったっけか、彼のサイコスリラーだったよな」、とAくん。
「そう、ソレです。あの映画の恐ろしさ、って、『ホント、ファンって有り難いよね』、が、ダークに歪んでいくその過程にあると」
「その過程に?、過程に、ね~。かも、かもしれねえな。デ・ニーロが、ジワジワと、ジワジワと狂っていくサマは、たしかに恐ろしかった」
ちなみに、役者、ロバート・デ・ニーロの魅力は、そのサイコ感。あの映画がソレなりに評価されたのも、そのサイコ感ゆえと言っても過言ではないだろう。
「さすがにソコまでではないにしても、あの、ファン心理、この現実社会でもあり得るな、って」
「いかなる理由があろうとも、自分が好きなヤツを攻撃するヤツは、苦しめるヤツは、絶対に許さねえ、って、ことかい」
「そうです。そして、さらに、その思いを理解してもらえない、受け入れてもらえない、時は、『好き』が一気に『憎い』に変わる」
「好きが、一気に、憎いに?」
「あなたのためにやっているのに、ナゼ、わかってもらえないのか。ナゼ、そんなことを言われなきゃならないのか。みたいな」
「なるほど~。だから、今まで自分を応援してくれていた者に対して『ソレはダメだ。今すぐ止めろ』と、そう簡単には言えない、って、わけだ」
「ファンの怒りの、憎しみの、その矛先が、自分に向かうコトを恐れているのだと思います」
「と、なると、君が言うように、この現実社会においても、充分に、あの、デ・ニーロは、存在し得る、か」
ん~、・・・。
ヤヤもすると、私たちは、あの、デ・ニーロに、なってしまいかねないのではないか。
そう、なってしまいかねないのである。
なってしまいかねないだけに、私たちは、できる限りクールに、事実を、己自身を、見つめることができる、そんな私たちである必要がありそうだ。(つづく)
追記
ファン、fanは、fanatic。fanatic はラテン語のfanaticus 。「熱心な」、だけでなく、「狂気じみた」、「気が狂った」という意味まであるという。
その両面をもつモノが「ファン」。
ならば、私たちは、ナニがナンでも後者にだけはならぬようにしなければ。