はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と十五
「ウルカ デジタルデ ミラレルヨウニシテ ステヨウ」
「随分と昔のコトなんだけれど」
ん?
「新しい美術館の設立に向けた作品の公募みたいなのがあって」
「応募されたのですか」
「滅多にそんなコトはしないんだけど、ナゼか珍しくそのコンセプトに興味を感じたのと、たまたま、ちょうど制作中のヤツもあったというのもあって、よし、出してやろう、ってね」
「ソレ、って、どんな作品だったのですか」
「どんな作品、って、・・・見る?」
「み、見れるんですか」
「たしか、奥にあったと思うんだがな~」
そうブツブツと呟きながら、Aくん、奥へと消えていった。
どんな作品だろう。
アレコレ、勝手に、妄想しているうちに、興味も期待もプクプクと、プクプクと膨張する。
「あった、あった」
Aくん、三段重ねにされた箱を抱えて、思いの外、早く戻ってくる。そして、その箱たちをテーブルの上に静かに置く。
考えてみると、Aくんの作品を見るのは初めてかもしれない。と、いうか、絵を描いているということ自体、知らなかったような気がする。あらためて、Aくんのコトをナニも知らなかったんだな~、と。
う、うわっ。
カラフルでキュートな顔たちが、蓋の向こうで、箱の中で、押し合い圧(ヘ)し合いしつつも規則正しく鎮座している。
Aくん、その中から、一つ、摘まみ上げる。
一辺が5cmぐらいだろうか。その木製の立方体の上面に顔たちが描かれているのだ。
「顔、顔、顔、の、オンパレードですね」
「顔の中に宇宙がある。みたいな、そんな感じで制作していた気がする」
顔の中に、宇宙、か~。
なんか、いい。
「まずスライドで審査だというので、コイツたちを、学校の古い床に碁盤の目のように一定の間隔でズラリと並べて、撮った、写真を、スライドにして送ったのだが」
まさか。
「ある日、『絵画作品に該当しない』、みたいな、そんな内容が書かれた紙が一枚、ペラリと入った封書が届いて、終了」
「が、該当しない、ですか」
「なんか、試合前のドーピング検査に引っ掛かってしまった、って感じだよな」
「ド、ドーピング検査、ですか」
「そう。たしか絵画部門かナンかだったと思うんだけれど、平面でないと絵画じゃ、ない。失格。ご苦労さん。みたいな」
「芸術は爆発だ~、の、わりには、なんだか、メチャクチャ、カッチンコッチンですね」
「そうそう、芸術は爆発だ~のわりには、メチャクチャ、カッチンコッチン。ま、カッチンコッチンならカッチンコッチンで、何事にもカッチンコッチン過ぎるぐらいカッチンコッチンに、『糞(クソ)』が付くほど真面目にやってくれれば良かったのだけれど」
ん?
「結局、選ばれた作品たちは、日の目を見ることなく、ドコかの駐車場の隅にブルーシートを被されたまま放置されてしまっていたわけだからな」
あっ、あ、あ~、アレか。
「その時のアドバイザーみたいな立場のオヤジさんの言葉が」
んん?
「『売るか、デジタルで見られるようにして捨てよう』らしいから」
な、なんと。
「作品への、作者への、respect (リスペクト)。微塵も感じられないよな~。酷(ヒド)い話だよ、まったく」
さすがに、その時に選ばれた全ての作品が、ということはないだろうけれど。でも、やっぱり、酷い、酷すぎる。
集客を見込めないと断じられた作品たちの、哀れなる末路、か。(つづく)