ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.1254

はしご酒(Aくんのアトリエ) その六百と八十五

「センキョ ト トウヒョウ ト ジコヒョウゲン ト ジユウ ト」

 「君の、選挙に対する考え、選挙観、みたいなのを聞かせてほしいのだけれど」、とAくん。

 「せ、せ、選挙、観、ですか」、と、さすがに少し面喰らい気味に、私。

 「僕はね、選挙がある度に、投票と、自己表現と、自由とが、いつだってゴチャゴチャッと頭の中でザワつきがち、な、わけ」

 「投票と自己表現と、自由とが、ですか」

 「そう。言い換えるなら、投票が、自己表現であり自由でなければ、選挙なんて、所詮、絵に描いた餅。社会に上手い具合に組み込まれた民主主義風(フウ)のシステム以外のナニモノでもないだろ」

 民主主義、風の、システム、か~。

 なんだか一気に難しくなってきた。

 「投票する自分が、全くもって揺るぎない、頑として凛とした『個』でなければ、アッという間に、似非(エセ)システムの単なるコマに成り下がってしまう」

 揺るぎまくる、頑とも凛ともしていない自分による投票、って、いったい。

 ひょっとして、コレって、先ほどの「岩盤支持層」絡みの話か。

 いや、揺るぎない自分であるなら岩盤支持だって、ソレほど問題があるとは思えない。

 と、なると、Aくんが、今、指摘しようとしているのは、いわゆる「組織票」というヤツ絡みのコトなのかもしれない。

 「国がつくった選挙というシステムは、民主主義の申し子。で、なければならない。はずなのに、自己表現も自由も阻害されているとしたら、ソレは、紛れもなく民主主義が阻害されていることになる、とは思わないかい」

 間違いない、組織票だ、組織票絡みのコトだ。

 たしかに、ソコからは、怪しげな利害関係の胡散(ウサン)臭さばかりが漂ってきがちだ。

 「難しいコトはわかりませんが、トにもカクにも自分で考え、深く考え、ナニがナンでも自分で選ぶ。投票なんて、行き着くところコレに尽きると思います」、と、ようやく、Aくんの問い掛けへの返答を敢行する。

 「そう、そうだよな。自分で考え、深く考え、自分で選ぶ。ソレだよ、ソレ。ただ漠然と、頼まれたから、場合によっては『見返り』なんてのもあったりするものだから、なんとなく、致し方なく、無理やり、その候補者に。なんてコトをするぐらいなら、無理に投票所になんか行かなくていい。何度でも言おう。投票は自己表現。そして、歪んだ自由ではない正真正銘の自由が、ソコになければダメだ」

(つづく)