はしご酒(Aくんのアトリエ) その六百と八十一
「ジャクシャ ト キョウシャ ト ザイゲンロン ト」
「その切り口が実に興味深く、目から鱗の学びも少なくない、そんな、ある、ジャーナリストが、弱者と強者と財源論との関係性について熱く語っておられたのです」、と私。
「弱者と強者と財源論?」、とAくん。
「圧倒的な権力を握る権力者が財源論をもち出す時は、いつだって、弱者のために血税を使おうとする時だと」
「ん?、あ、あ~、なるほど、いい切り口だ」
「たとえば、この国の致命的とさえ思える大問題『少子化』に対しては『その財源論はどうするんだ』なのに、こと、安全保障、防衛、そして、ズブズブの大手、広告代理店やら人材派遣会社やら不動産会社やら絡みのアレやコレや、と、なると、あの人たちは、まず、財源論など口にはしない、と」
「弱者から巻き上げた、掻き集めた、血税を、弱者のために使うことには目一杯躊躇(タメラ)うが、強者のために使うことには微塵も躊躇しない。というその蛮行を、エラそうに『国家のため』などと宣われてしまうと、じゃ、国家って、いったい、ナンなんだよな、って、思いっ切り言い返したくなるよな」
なる。メチャクチャ、なる。
そういえば、ある政治家が、憲法は私たち国民のためではなく国家のためにあるべきモノ、みたいなコトを宣っていた。
おそらくそういうコトなのだろう。
国家のためなら、あの人たちは、国民なんてドウでもいいのかもしれない。とくに、自分たちを支持しない、批判する、そんな、あの人たちにとって不都合な国民は。(つづく)