はしご酒(Aくんのアトリエ) その六百と七十三
「ハンソクギミナコト シテテモ スケールノオオキナコトガ デキル セイジカ ノ ホウガ」
「政治家ごときに道徳的なものなど求めない」
ん?
「とにかく、ピーポーたちのために、ビッグスケールな政治をやってくれればソレでいい」
んん?
「みたいな、そんなん感じ。って、いったい、どんな感じなんだよ」
んんん~?
「道徳的なものが欠落した『やり手』が豪腕を振るうことほど恐ろしいものはない、と、僕なんかは思うんだがな~」
不道徳なやり手が振るう、豪腕、か~。
おっしゃる通り、恐ろしい。
「にもかかわらず、いとも簡単に、しかもテレビで、平然と、そう、宣ってみせるタレントって、ソレなりに影響力もあるだけに、厄介だよな」
いかなる意見も意見は意見として尊重されるべきだとは思う。それゆえ、全面否定するつもりなどサラサラないけれど、ただ、道徳心が欠落した政治家に、果たして、血の通った真っ当な政治ができるのか、は、甚だ、疑問だ。
「世界に目を向けてみろよ。そこかしこで、その手のやり手たちが、ビッグスケールなトンでもない豪腕を振るいまくり倒しているだろ」
たしかに、絶望的な気持ちになるほど、振るいまくり倒している。
その手のやり手たちの暴挙とも言える豪腕に、どれほどの人たちの命が奪われ続けているか。
「なのにだ。反則気味なコトをしてても、スケールの大きなコトができる政治家の方が、などと宣えてしまうんだから、恐れ入るよ、まったく」
おそらく、そのタレントにはそのタレントなりの独自の尺度、基準みたいなものがあるのだろう。だから、そのタレントが取るに足らないと思う政治家たちの反則、に、世間がガタガタと言うことに、どうしても、「そんなつまらない些細なコトに、いちいち、目くじらを立てて」、みたいなことになってしまうのだと思う。
「古今東西、権力には、ハイエナたちが群がる。隙(スキ)があればソコに甘い汁を求めて、次から次へとドンドンと、揉み手をして擦り寄っていくのだ。つまり、最初は取るに足らない些細な反則であったとしても、ジワジワと、ジワジワと、捨て置くわけにはいかないぐらいトンでもなく甚大な反則に膨らんでいく、というわけだ」
ん~。
その、甚大な反則に膨らんでいく、という感じ。カネ(金)やら集票やらが絡んで、挙げ句の果てに政治そのまで歪められてしまう、という、その感じ。イヤというほど何度も見せられてきたような気がする。
「つまり、取るに足らないような些細なコトさえも、真摯に、丁寧に、的確に、できない者が、スケールの大きなコトなど、真っ当に、できるわけねえだろ、って話だ」
(つづく)